風の吹く場所へ
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鎌倉の皆さんから頂いた物資を持って、福島県の相馬市、南相馬市に行ってきました。「We are the Earth」をテーマに環境活動に取り組んできた兄(岡野龍介)の呼び掛けで集まった支援物資は、軽トラック一台分程の食料品、日用品。この先しばらくの必要量に比べたらまだまだ少ないかもしれませんが、多くの方々の思いの詰まった大切な物資でした。
相馬市はフー太郎の森基金の事務局があるので、僕も兄の行動に便乗する形で現地入りをしました。東北道から国道を抜けて相馬市に入ると、駅前は思っていたほど被害が少ないように見えました。しかし、海沿いに出ると景色が一変します。メディアで繰り返し報道されているような、瓦礫の山や、陸に乗り上げた船、スクラップになった車や、水の中に浮かぶ家。現実離れした日本の風景がそこにはありました。
幸い事務局のある新妻代表の自宅は大きな被害も無く、ライフラインもほぼ復旧していたので、まずは代表に連絡をとり、物資の受け入れ先を紹介してもらうことに。今回は代表の伝手で、物資を南相馬の集配所に受け取って頂き、相馬市で出荷が出来なくなってしまったイチゴを摘んで、南相馬市に運んでいきました。
南相馬市の桜井市長と新妻代表は古くからの友人なので、僕ら兄弟も市長にお会いし、直接お話しを伺う機会がありました。打ち解けた雰囲気の中で穏やかに、厳しく話しをする市長の言葉は、一つ一つが強く頭の芯に響きます。とても貴重な時間を過ごさせていただきました。
*****
現在、南相馬市では、原子力発電所の事故の影響で、その半分が退避指示地区、残りの半分が退避要請地区となっています。被災された多くの方は、自分の家のあった場所に戻ることはもちろん、遺品や遺体の捜索も出来ない状態です。相馬市も同じですが、当然水道水を飲むことは出来ません。自由に外に出ることも出来ません。物資も不足しています。地震と津波で大きなダメージを受けたまま、放射能という大きな恐怖を抱えたまま、復興に向けた一歩すらも踏み出せない状態にあります。
皆さんご存知のように福島第一、第二原子力発電所は東京電力の施設です。関東向けの電力を供給するために、福島県に建てられています。今、関東の人々が使う発電所の事故で壊滅的な被害を被っているのが、東北地方、とくに福島県の皆さんです。ある福島県民の友人は「原発事故は許せないけど、原発のおかげで潤っていた部分もあるから、、」と話していました。けど、今のこの状況を見れば、雇用や税金での利点なんて微々たるものです。日本人として、実にやりきれない現実。
放射能は確かに怖い。でも、今もその放射能の発生源の近くで暮らしている人たちが沢山います。たとえ危険でも自分の土地に留まることを決めている方もいます。行く場所が無くて戻ってこられた方もいます。そして何よりも、その原発の施設内で必死に戦い続けている人たちがいます。
今後、兄は相馬市、南相馬市、いわき市を中心に復興活動に取り組んで行くそうです。僕も出来る限り、日本人としてあたりまえのことをやっていきます。
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東北道が通行可能になったこともあり、往復の道中、沢山の物資を積んだ車を見かけました。この事態にこれだけの人が動いている。心強いです。僕らは必ず乗り越えられる。その光を見た気がします。
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フー太郎の森基金では、少しづつですが業務を再開しています。そこで、皆さんに一つお願いがあります。ベガルタ仙台との共同企画である、「エチオピアサッカー教室」をこれからも続けるために、力を貸して欲しいのです。
昨年、フー太郎の森基金はJリーグのベガルタ仙台との共同企画で、アフリカのエチオピアでサッカー教室などのスポーツイベントを開催しました。このイベントにかかる費用は、主に東北地方の皆さんからの支援金とベガルタ仙台の試合会場でエチオピアコーヒーを販売した収益で賄っていました。
第一回目の今年は大成功で、アフリカの子供達はもちろん、東北の皆さんにもたくさんの大きな笑顔を届けることが出来ました。
このイベントは、来年も開催する事が決定していました。そして、こんな状況だからこそ、このイベントを絶やすことなく継続してやっていきたいと思っています。また再びエチオピアから東北へ、サッカーを通じた笑顔の輪を広げてゆきたいのです。
開催は2012年1月の予定ですので、時期早々と思われるかもしれませんが、在庫のコーヒー豆はこれから春にかけて、品質も落ちてきてしまいます。ベガルタ仙台のホームスタジアムのユアテックスタジアムでもご好評を頂いたエチオピアの美味しいコーヒーを、美味しいうちに、皆さまに飲んでいただければ、と思っております。
まずは色々な団体が募集している東北関東大震災の義援金をお願いします。それが今、最も必要な支援です。そして、もしその後に少しでも余裕のある方は、是非ご協力をお願いします。
コーヒーはエチオピアでも一番の老舗である
「トモカコーヒー」の焙煎豆です。
250g(豆・粉) 各1500円
(※このうち1000円がエチオピアサッカー教室開催への寄付金となります)
在庫に限りもありますので、ご興味のある方は、まず下記メールアドレスにご連絡ください。
okanoteppei_fff@yahoo.co.jp (岡野 鉄平)
宜しくお願いいたします。
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3月11日。アブダビの空港は、とても綺麗で硬質な光に包まれておりました。自分がどこの国にいるのかも分からない空間でした。最近では、どこの国のどこの空港に行っても、空港の内側は同じ雰囲気、同じ匂い。こういう空間が、現時点で最も機能的で、効率的な空港とされている姿なのかもしれません。
さて、あの日、アブダビ空港のロビーで見た津波の映像は、この先、決して忘れることはないと思います。搭乗ゲートの近くにあった液晶モニタの中では、日本の海が、日本の大地をすごいスピードで飲み込んでいく、まるで現実感を欠いた映像が延々と流れていました。ちょうど礼拝の時間だったのか、空港内に響くアザーン(イスラム教の礼拝の呼掛)の放送が、さらに僕から現実感を奪っていきます。
2週間たった今でも、まるで時の流れが狂ってしまったかのような、奇妙な感覚の中にいます。長らく外国にいて、久々に帰ってきたその日に、日本の日常は変っていました。
*****
さて、この状況の中で、今の僕ができることは何か。ずっと考えています。この先どうなるのかは誰にも分からないけど、現時点の僕ができることは、信じること、受け入れること、そして備えること、なのかと思っています。
帰国してからしばらくは、何の身動きも取れずに、ネットやテレビで情報収集をしながら、原子力発電所の仕組みを調べたり、今後の日本の経済を考えたり、起こりうる社会問題なんかに思考を走らせたりしていました。その中で、印象として、メディアを先頭に日本全体が静かなパニックに陥っているように感じました。良くも悪くも「情報の力」を実感しています。
なので、僕は公式な発表を全て信じることに決めています。今この状況で情報を疑い始めたらきりがありません。正しい情報すらも疑うことになり、それが不信感に繋がり、見えない物、分からない物に対する怖れに変っていくように思います。もちろん、ただ単純に信じるのではなく、できる限りの情報を集めつつ、騙されることも覚悟の上で、日本のリーダー達を信じることが大切だと思うのです。
メール、ツイッター、ブログ、ユーストリーム。今は情報のソースが以前とは比べ物にならないぐらい豊富です。自分で情報の取捨選択ができるからこそ、情報が偏る可能性も決して少なくありません。だから、僕は自分の中の行動の基として、責任を持って国を信じて、場合によっては、責任を持って国に騙される。最悪の事態を想定しながらも、自分自身が地に足をつけて歩くために、そういうスタンスで行こうと思っています。
今、いち早く被災地に入り、支援を始めている友人がいます。原発事故の関係で県外、国外に退避している友人がいます。今も被災地で暮らす知り合いがいます。日常を大切に今までどおり生活をする人もいれば、これを金儲けのチャンスとして捕らえている人も、残念ながら、いるようです。そのなかで、今、自分は何をするのか。
世界は常に変化を続けているわけだけど、日本は3月11日を境に大きく変わりました。以前の日常はもう戻ってこないわけで。それならば、今のこの状況を受け入れ、過去を参考に、現状に適した価値観を再構築していく必要があるのではないかと、考えています。そして、被災地の方々の何かの助けになりたいという思いは、当たり前のこととして、自分の心のど真ん中にあります。明日には、福島県相馬市にある僕が所属するNGOの日本事務局に行く予定でいます。
でも、きっと今、32歳の僕がやるべきことは、1年後、5年後、10年後を考えながら、日本という国を再び世界中の誰からも羨まれるような、気持ちの良い国に戻していくための力になることではないかと。未来の子供たちに大きな負担を負わせないように、精一杯仕事をすることではないかと。思っています。
そのためには、今まで以上に自分の意識と能力を高め、その時に向かって備えること。つまり、今まで以上に毎日を丁寧に生きることだと、信じています。
*****
経済効率を優先させてきた世界の行き着く先が今の日本であれば、これはニンゲンにとって大きな転換期だと思います。これから伸びていく国は、決して同じところを目指してはならない。文明の進歩の形は、各地の空港のように、必ずしも同じ姿になる必要はありません。日本はもちろん、これから延びていく国々は、今の先進国の姿をそのまま追うのではなく、よりバランスの取れた、別の方向に向かって発展を遂げていってもらいたいと、思います。
学ぶことができれば、それは必ずしも失敗ではないはずです。大きな犠牲をともなう、大きな歴史の転換期に、僕達は今、生きている。
そう思っています。
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いよいよ。今度こそ。
任期満了。帰国の日が近づいてまいりました。
どんな状況だろうと、呼吸をしている限りは、時間は必ず過ぎていくようです。2007年11月7日に初めてエチオピアに足を踏み入れてから、今日でちょうど40ヶ月。本当にいろいろなことがありました。
経済的には、世界で最も貧しいとされる国。人間らしい自然の暮らしをする人々や、人間らしい欲望を持った人々が暮らすアフリカの大地。未来への大きな希望と、どうにもならない困難とが交錯するエチオピア。
人生のほんの一時期でも、この場所で、こういう仕事が出来たことを誇りに思っています。
*****
力有り、真っ直ぐ、正しく、言葉優しく、柔和で、思い上がりのないもので、あるように。足ることを知り、質素で、雑務少なく、簡素に暮らし、清らかで、聡明で、高ぶらず、貪らず。
この先どんな仕事をするにしても、ヒトとして目指していきたいお釈迦様の教え。
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牛を食べたり、鳥を食べたり、野菜を食べたりして、僕らは体を動かすことが出来ています。だから、その分のエネルギーは正しく使いたい。
長い間、動物達や植物達と近い生活をしていたので、その意識は日本にいるときよりも、ずっと強くなっているように思います。
こちらの生活の中で、「牛と草は同じなんだ」と知るようになりました。牛も草も、地球の一部として、自ら養分を補給し、育ち、食べられる。食べられなかったとしても、枯れ、朽ちて、また土になり、養分になる。これは豆も、蛙も、人間も、同じだと思うのです。
その過程の中で、人間は、たまにしか、他の生き物に食べられることが無いから、他の生き物に食べられないぶんだけ、長く動くことができるわけで。だから他の生き物の養分にならない分、人間として動ける間に、別の方法で他の生き物のために貢献できたらいいなぁ。と。
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プロジェクトや事務所を運営していく上で、何よりも大切なのは「どう人を使うか」なんだと思います。どんな組織でも、その組織を動かしているのは人だから。
まずは、優秀な人材を確保すること。そして、その人材の能力を最大限に活かすこと。ビジョンの共有や、動機付け、最適な配置。個人と個人の人間関係も含めて、それぞれのピースをうまく組み合わせて、活用すること。それが、事務所のボスの最優先の仕事なのかもしれません。
ラリベラでの事務所の運営は、日々、試行錯誤の連続でしたが、プロジェクトの成果という面でも、自分自身の「修行」という面でも、現時点の自分が納得できる程度には、結果を残せたかとかなぁ、思っています。
まだまだ青二才の自分が、この環境でマネジメントの仕事に取り組めたのは、実に幸運なことでした。
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今朝の国内線でラリベラを離れ、アムハラ州の州都バハルダ-ルにやってきました。
ここで少し仕事をして、明後日アディスに向かいます。そして、3月の最初の週末あたりにはようやくエチオピア脱出です。感覚的にはとても長い再赴任の2ヶ月でしたが、それもいよいよ終わりが見えてきました。
ラリベラでのおまけの2ヶ月は、しんどいながらも、結果的には、まぁ、よかったのかな。と思えるまでになってきました。トラブルがあったおかげで、いろいろなことを知ることが出来たし、なによりも昨年植えた木が、しっかり根付いている様子を見れたことが、自分の中でとても大きかったようです。
そう。僕は木を植えるためにここに来たわけです。だから、その他の個人的な憤りは、そこまで重要じゃないわけです。僕がここで40ヶ月を過ごした結果として、とにかく少しでも、現地の人のためになれたんだから、本来の目的は果たせたんだと。そう納得しています。
それに、結局は、一連の残念な状況のもとをたどれば、それはたった1人か2人の人間に関わることだし、それで自分の仕事の価値が下がるわけではない。そして、2月から新たに現地赴任した方は、今までの駐在員が積み上げてきた物をしっかり受けとって、さらに先に進めていく為の十分な力と人間性を備えた方。安心してタスキを託すことが出来そうです。
結果オーライとは思わないけど、結果的にFFF現地事務所は数ヶ月前よりも、もっといい形で未来のビジョンを描けるようになっています。
「全ての理不尽や憤りを飲み込み、それを己の滋養と心得よ」
昔読んだサムライの本にそう書いてあったのを思い出します。
重要なのは、飲み込むことでなく、それを消化することなんだなぁ。
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僕たちが植えた木は順調に育っており、わらわらと空に伸びた枝の間では、鳥が巣を作っていました。同じ木の幹には、蟻が何かを運びながら行列を作っており、根元では何種類かの草が絡み合って伸びています。
一本の木の周りに広がるドラマ。
木を植えるという行いは、何もニンゲンの為だけでなく、こういうドラマの舞台、つまり鳥や、虫や、草にとっての世界を整える行いなのかもしれません。
自分たちで溜池を作ったり、木を植えたり、護岸工事をしたり、発電所を作ったり、自然の力をコントロールして、良くも悪くも環境を変える力を持った動物がニンゲンです。そして、自分たちの意志で地球の未来を選べる動物は、今のところ、おそらくニンゲンだけです。
だからその能力の使い方は、そのほかの多くの生き物たちにとっても、正しいものであって欲しいと、思うわけです。
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今、ラリベラでは、子どもたちがこんな声を上げながら、ソックスを丸めたボールを追いかけています。
1月9日からの3日間、ラリベラではJリーグベガルタ仙台との共催でサッカーイベントが開催されました。9日には地元の少年サッカークラブが参加したベガルタカップトーナメントの決勝戦、10日、11日には、プロの指導者によるサッカー教室が行われ、子どもたちは本当に楽しそうに、グラウンドを走り回っていました。
ベガルタ仙台やサポーターの皆さんからは、こっちでは見たこともないステキなユニフォームやシューズ、ボールが寄贈され、ラリベラの人たちはテンション上がりっぱなしです。
FFFにとってはもちろん、ラリベラの人たちも今まで経験したことがないほど、カラフルで楽しいイベントになりました。
FFFが教室の参加者に配った記念Tシャツも大好評で、運良く手に入れることが出来た子どもたちは、誇らしげにこのシャツを着ています。教室に参加した12、3歳の少年が、近所の5、6歳の子どもたちを集めてサッカーを教えている光景も見かけます。自分がベガルタのコーチを教えてもらったことを、弟分たちに広めているような感じで、すっかり村の英雄気取りです。とても微笑ましい日常の景色。
イベントの成果は、数字や賛辞だけでなく、こうした子どもたち一人一人の今と未来をつなげる、ちょっとした、「うれしい気持ち」なのかもしれません。
今回は沢山の反省点もありましたが、第一回目のイベントとしては、大成功だったといえると思います。これから、これを毎年恒例のイベントにすることが出来たら、ラリベラと東北、エチオピアと日本の、気持ちの良い絆が出来上がっていくような、そんな予感がしております。いや、スポーツは素晴らしい。
このイベントのために尽力してくださった皆さま、本当にありがとうございました。
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一昔前までは、一般の人が手が出せないくらい高額だった、テラバイトレベルのハードディスク。今では1万円台で買えるようになりました。個人が扱えるデータの許容能力は、日々の技術進歩と共に、飛躍的に増えてきています。
さて、ラリベラに戻ってからまだ一週間ですが、予想以上にしんどい日常が待っていました。
こないだのブログにも書きましたが、9月に赴任した後任者は、こちらの仕事や生活にメンタル面で追いつくことが出来ず、ギブアップをしてしまいました。僕自身も、彼女の扱いに難しさを感じつつも、彼女に合わせた、予定よりもずっと緩やかで、丁寧な引継ぎをしてきたつもりです。しかし、残念ながら、その努力はスピード離任という何とも虚しい結果となりました。まぁ、彼女は精神的に非常に危険な状態だったので、確かにやむをえなかった事態ではありました。
しかし、現地に戻ってくると、この退任に関するスタッフ達の認識は、僕自身が事務所長としての権力を他人に渡したくないがために、後任を無理やり退職に追い込み、現地スタッフに復讐するために戻ってきた。ということになっていました。何の復讐なのかも良く分かりませんが、彼らのその発想には心底驚かされます。また、昨年、会計担当のミスで生じた不明金は、僕が横領したと疑われており、僕の人間性までも豊かな想像力で罵倒をされました。
怒りや憤りを通り越して、本当に悲しくなります。
この状況の発端である日本事務局のその後の対応と無責任さにも失望をしているし、契約ベースで仕事をしている僕が、果たしてここまでやる必要があるのか、ということも、思っています。
しかし、それでもとりあえずは「すべてよし」とすることにしました。
怒りや侘しさや、ばかばかしさを含めて、「すべてよし」とします。今までは到底許すことの出来なかった出来事でも、ハードディスクの許容量の変化のように、心の技術を進歩させて、許容能力を増やしながらやっていきたいと思うのです。
******
色々な側面を冷静に考えて、先週末には、もう日本に帰ると決めていました。実際、ラリベラの空港に行ってチェックインまでしたのですが、最終的に現地スタッフたちから長々と謝罪をうけ、頭を下げられたので、これを断るのは大人気ない。ということで、やはり2月末まではこちらに留まることにしました。
エチオピアは難しくて、悲しい国だけど、だからこそ、もう少しだけこの国で。
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例えば、箱根駅伝で一番長い区間を全力で走って、それなりに順位を上げて、次の走者にタスキを渡した途端、その次の走者がいきなり転倒。他のチームにはごぼう抜きにされて、目も当てられない状況。もう自分は自分の役割を全うして、へとへとな状態なのに、次の走者は「あ、もう無理です」という感じ。チームの監督は「あ、じゃあ、君が代りにもう少し走っといて。」と。
そんな事態に陥ったとき、このランナーはどう対応すれば良いんだろう。
まるで準備が出来ていなかった次の走者や、その走者を選んだ監督に、理不尽さを感じないようにするのは、とても難しい。納得できない部分も沢山ある。と思う。でも、沿道で応援してくれている人々のためにも、ここまで懸命に走ってきた他のランナーのためにも、もう少し自分が走らざるを得ない。とも思う。
今僕は、まさにそんな状況にあります。
3年2ヶ月の間、こちらでの仕事に自分なりに全力で取り組み、次の人にいい状態で事務所の運営を引き継げるように、できる限りの事をしてきました。しかし、次の駐在員は3ヶ月でギブアップ。僕が想定していた中でも、最も避けたかった、一番悪いタイミングでのリタイアでした。
今、已む無く、再びエチオピアに戻ってきました。これから2ヶ月、現地の後始末に取り組みます。そして新しい人がくるまでの繋ぎの仕事をすることにしました。自分のモティベーションとしても、なかなか飲み込みがたい、非常に難しいシチュエーションですが、最終的に「この国に戻る」と決めたのは、2週間前の自分。もうやるしかないです。
これから、国内線でラリベラに戻り、なんとか、できる限りのことをやっていきたいと思います。体調も優れないし、未だに気分も晴れないけど、何とかします。
2011年。冴えないスタートになりましたが、そんなわけで、このブログももう少し続きます。僕ももう少しタフになります。今、手の中にある大切なタスキを、こんどこそ、しっかりと引き継げるように。
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残念に思うことも沢山ありました。そして、ラリベラでの最終日。その集大成といえるべき残念さの中にいます。
何で、こうなるのか。
何で、この人たちは、こうなるのか。
ここまでやってきて、気持ちよく、「ありがとう」で、この場を去ることが出来ないことが、どうにもやりきれない。
でも。
考えてみたら、おとぎ話のような単純化されたハッピーエンドよりも、アメリカのTVドラマの最後の5分みたいに、次への布石があったほうが、確かに面白いかも。
ここで得たことは次への課題。きっとこの状況から、うまくリアルを拾えば、自分にとって、貴重なピースが見つかるかもしれない。
今、目の前にあることが、何から出来ていて、どこに向かっているのか。不要な感情を捨て、クールに、お釈迦様のように、ひろい視野で世界と心を観る。そして、自分の過去と未来と心にもフォーカスを当てながら、自分自身のことも謙虚に見詰めたい。
すこし新しい考え方を持つきっかけを得ることが出来たんだから、今日は完璧な旅立ちの日だったんだ。
と。
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こないだ納車された新しいモーターバイク YAMAHA DT175。
快適です。
前のバイクは、5年以上もラリベラの悪路を走ってきたため、走行距離のわりには、かなりギリギリの状態になっていました。ブレーキのききも悪く、雨が降るとエンジンが掛からない。ウインカーも完全にもげてたし、ギアにもかなり強い癖がありました。それに、スタンドも無くなっていたので、駐車する時には車体の下にそこらへんの石を入れるという荒業でした。
それに比べると、今のバイクの快適なことといったらありません。手ごろな石が無くても、どこにでも駐車ができるんです。
今、ラリベラは急速に変りつつあるとはいえ、村の道は舗装されていない土の道。おそらく半径200キロ以内に信号なんてないし、車も殆ど走ってないし。
調子の良いバイクで、アフリカの大地を疾走するのは、とても気持ちがいいです。
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エチオピアで過ごす最後の週末。なんとなく無為に過ごしています。
最初から難しい事の多かったエチオピアでの生活。最後になっても、すんなり、気持ち良くは送り出してくれないらしい。
今のところ1131日間をこちらで過ごし、僕も少しは大人になったかなぁ、と思っていたけど、やっぱり時には腹も立てるし、イライラしたりもする。
まぁ、そんなもんか。とも思う。
少なくともその感情の理由と出所が冷静に分析できる程には成長はしてるみたいだから、これはこれで、よしとしよう。腹立ちやイライラを含めたものも今の自分ということで。無闇に抑えることもないのかもしれない。
どんな事が起こっても、絶対に腹を立てなくなったり、イライラしなくなるまでには、まだあと3000日くらい必要かなあ。がんばろ。
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今日はアディスアベバから40km程南にある、マナゲシャの森に行って来ました。来年の植林に向けた種の仕入れのためです。
マナゲシャの森はなんと15世紀から自然公園として保護されていたらしく、アフリカでは最も古いナショナルパークだそうです。管理センターの周辺には簡易なゲストハウスや、苗木の生産エリア、研究施設なんかもあり、なかなか面白い。
*****
管理センターの事務所で必要な種の注文をし、準備を待っている間、なにやら不思議な箱を見つけました。大きな木の下に布で覆われた1.0×0.5×0.5mくらいの箱。後ろには「森に悪影響を及ぼす動物がこの中に捕らえられています!逃げないように気をつけて蓋を開けてください!!」という看板が立てられています。
お、何だろ。と思って、蓋を開けてみると、そこには一枚の鏡がどーんと置いてあるだけ。つまり、森に悪影響を及ぼす動物=人間。ということが言いたいようです。エチオピアン・ブラックユーモア。
なんとなく分かるんだけど、鏡に映っているアナタ個人が森を破壊してるんですよ。って言れているようで、ちょっと微妙な気分になりました。
*****
それから、今日の午後、ようやく新しいバイクが納車されました。車の購入に比べたら、ちょろいもんだったけど、思いのほか時間が掛かりました。このバイク、発注したのは5月初旬、実に半年以上かかりました。まぁ、とりあえず無事納車したのでOK。現地事務所への最後の置き土産です。
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ふとした瞬間に、またもやシーシュポスのイメージが浮かんできます。
神々の言い付けどおり、険しい山の頂上まで岩を押し上げるシーシュポス。それでも、やっぱり最後には岩は転がり落ちていく。
自分の力の及ばないところで起きる出来事に関しては、その結果がどうなろうと、甘んじて受け入れるしかないのかもしれない。再び山の頂上から岩が転がり落ちようとしているけど、それはそれで、已む無し、ということなのかなぁ。
残すところあとわずか。
すべてを受け入れる強い意思と、折れない心が、欲しい。
あと、YAMAHAのオフロードバイクと、ブラックベリーの携帯と、新しいサーフパンツも、欲しい。
それから、でっかい画面で映画が見られるプロジェクターなんかも、欲しい。
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残すところあと2週間。
完全にやり切ったので、全く思い残すことはありません。
先週末、時間があったので、過去のブログを全部読み直してみました。期待していたほど、過去の自分と、今の自分にギャップがない。
あの頃はこんなことを考えていたけど、今はこういうふうに考えるようになった。みたいな、成長の証を期待していたので、ちょっと残念。でも、その都度、全力でやってきたから、しっかり経験が身についているのかも。と、若干の思い上がりを含んだ、満足感に浸ったりもしました。
実際、こういう場所で、こういう仕事が出来たことは、本当に有難いことです。全力を出し切れる環境で仕事ができることって、すごく幸運なのかもしれません。
例えば、長距離ランナーがテニスコートで走っても実力を出し切れないように。
もしくは、ボクシングのチャンピオンが卓球台の上では実力を出し切れないように。
全力で出し切るための環境って、やっぱり貴重なんだと思います。
だから、僕の次のステップも、自分のすべてが出し切れる。そんな環境に身をおきたいと、そう思うわけです。
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今回の旅行の最後の宿なので、それなりのホテルに泊まろうと決めていたのですが、飛行機の中で読んでいた冊子でたまたま以前泊まったゲストハウスの広告を見つけました。
確か7年前には、チャイナタウンに迷い込んだり、しゃれたカフェで美味しいケーキを食べたり、謎のバングラディッシュ人とベビー服を買いに行ったり、ダウンタウンの危険なエリアにいる間に陽が落ちて、怖い思いをした記憶があります。
ケープタウンでは7年前の思出散策がことのほか面白かったので、ジョバーグでも同じことをしてみるのもまた一興かも。そんなわけでいまブラウンシュガーBPという宿にやってきました。
久しぶりにこの宿に戻ってくると、けっこういろいろな事を思い出します。そして、この宿は立地的にかなり不便だったということや、あまり快適ではなかったということも思い出しました。うっかり。
まぁ。
いいか。
明日はのんびり散歩でも。
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3年分の休暇として、南アフリカでヴァケーション中。11月9日にエチオピアを発ち、ケニアのナイロビで一泊。翌日にヨハネスブルグ、ポートエリザベスを経て、チチカマ国立公園にあるストームスリバービレッジに向かいました。
予定では9日にケープタウン入りするはずだったのですが、経由地のナイロビへの到着時間が遅れたため、やむを得ずナイロビで一晩を過ごしました。今回の南アフリカ旅行の前半は「WONDERFUL WORLD 植林ツアー」に参加することになっていたので、この一日の遅れは結構厳しい。ツアーの一行はすでにケープタウンを離れ、チチカマ国立公園に移動してしまっていました。まぁ。こうなったら出たとこ勝負。ヨハネスブルグ→ケープタウンの国内線を捨て、急遽ポートエリザベスに飛ぶ事に。そこからバスでストームスリバーに移動。何とか、日付が変る前に植林ツアーのいるストームスリバービレッジにたどり着くことが出来ました。
ストームスリバービレッジでは約80人の日本人のみなさん、Earthwalkerのポールと木乃実さん、FTFA(Food and trees for Africa)のジュネスさん、木を植える旅を続ける中渓一家、今大注目のバンドFUKISTのみなさん、そして「107+1 天国はつくるもの。」のてんつくマンと合流。
早速、翌日からは小学校や国立公園の近くに木を植えたり、バンジ-ジャンプをしたり、パーマカルチャー農園作りをしたり、ゲームドライブをしたり、FUNKISTのライブで盛り上がりました。
こういうツアー旅行に参加したのは初めてでしたが、やたら盛りだくさんでめちゃめちゃ楽しかった。あの不思議な一体感と、これから何かが変っていくような漠然とした期待感は何なんだろ。やっぱり目的をもって何かをすることって、楽しいことなんだろなぁ。と思いました。で、同じ目的をもった人たちが、一緒にアクションをすると、いろいろな相乗効果が生まれるのかもしれない。このワクワク感。大事にしていこう。
で、15日にポートリザべスからツアーのみんなが帰った後は、KAI Touch Earth/アースラジオの皆さんと、Green Ticket のブルースさんの家でのんびりした時間を過ごしました。それまでとはうって変わって、ゆるい毎日。植林ツアーが非日常だとすると、後半はより日常に近い非日常でした。何をしていたのかも、あんまり覚えていないくらい。でも、最高の時間を過ごしていたことは間違いないです。
21日にはブルースさんの家のあるプレッテンバーグベイからケープタウンに移動し、アフリカ大陸の端っこの、壮大で美しい自然を心行くまで堪能しました。
2003年にホームステイをしていた家のホストマザーにも再会できたし、ケープタウンで出逢ったスペイン人の作家フェルナンドやデンマーク人のジャーナリスト、キンゴとジェニファーも、今後、何かと面白いつながりになりそうな、素敵な予感があります。今回の3週間の南アフリカ旅行で、また会いたいと思える人たちがやたらと増えました。
また会いたい人が沢山いることって、すげー幸せなことなのかも。
ワンダフルワールド植林ツアー Http://www.wonderful-world-syokurin.org
EarthWalker Http://www.earthwalker.com
FTFA Http://www.trees.co.za/
木を植えるお父さん Http://www.seedman333.org
Funkist Http://funkist.info
てんつくマン Http://www.tentsuku.com
Kai Touch Earth Http://www.kaitouchearth.jp/
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