2009年4月28日 (火)

Another Line

Newblog_3もういっこ、ブログ開設しました。

こっちは支援者、関係者の皆さまに事業活動の内容を報告する、ちと硬めのブログになるかと思います。特定非営利活動法人フー太郎の森基金エチオピア駐在員としてのブログです。

気付いてみると、今のブログはごくごく個人的なことばかりを書き綴っているので、新しい方はもう少し、ちゃんとします。

デザインも、それっぽく作ってみました 。

http://lalibela.blog34.fc2.com/

よろしくお願いします。

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2009年4月22日 (水)

第一回アースデイ・エティオピア

Ed_eth なんと今年のアースデイにはアディスアベバでも環境イベントが開かれるそうです。

アースデイとは、世界各地で毎年4月22に開かれる、地球環境を考える日。日本では東京や大阪を始め、僕の地元の湘南なんかでも、毎年いろんな面白いイベントが開かれています。

どうやら、ここエチオピアでも若い世代が中心となって、一人ひとりがアクションを起こそう、という意識が高まってきている様です。そして、エチオピアのような後発発展途上国でのアースデイというのは、すごく、すごく意味があることなんじゃないかなぁ。と思っています。まだ今のところは、エチオピアの一部の人々の為のアースデイ、という印象もありますが、何しろ今回は、記念すべき第一回。これからどんどん、草の根レベルで浸透していってもらえることを期待します。

先週末のアースデイ東京もずいぶん盛り上がったと聞きました。エチオピアのアースデイもいい感じに根付いてくれるといいなぁ。

みなさま、良いアースデイを。

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2009年4月21日 (火)

ファシカ

Fasika_3

2か月間の断食が終わり、ラリベラでは「お肉祭り」が始まっています。

以前にも書いたかもしれませんが、エチオピアの断食は、ラマダーンのような厳しいものではなく、午前中は水以外口にしない、午後は肉を口にしないという程度のものです。普段からあまり肉を食べない生活をしているので、この断食は僕には大した影響はありませんでした。しかし、断食が明けたあとの数日間、ラリベラの人々が心待ちにしていた「お肉祭り」の日々は、僕にとってかなりしんどい修行の場なんです。

基本的に肉の好きなラリベラの人々は、ファシカと呼ばれるイースターからの数日間、各家庭で解体した山羊で数種類のシチューを作り、友人や親戚を招いて肉三昧の日々を送ります。

僕も日曜から昨日、今日と、かなりの量の肉を振舞ってもらっています。

朝、昼、晩。

肉、肉、肉。

地酒、地酒、地酒。

うちのスタッフは、僕のことをある程度分かっているので、それほど無理に料理を勧めてはこないのですが、それ以外の場所では、特にいい部位のお肉や、特別に用意したハチミツワインなどを振舞ってくれます。当然それを無碍に断ることも出来ず、やはり自分の限界まで食べることになります。それが朝、昼、晩です。

ここのところ、さすがに胃の調子がおかしくなってきました。しかし、残す招待は、あと3件。

年に一度の肉修行。

頑張ります。

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2009年3月20日 (金)

みづ

Uha完全に水がなくなりました。
 
水がなくなったので、料理も、洗濯も、シャワーも。
トイレを流すことも、食器を洗うことも、歯を磨くことも。寝癖を直すことも、手を洗うことも、部屋でコーヒーを飲むことすらも出来なくなりました。
 
現在、ラリベラの給水は4日に一度くらい。毎回、1時間程度です。
 
普段はこの給水時間に1000リットルタンクに水を溜め、それで日々を過ごしています。もし一回の給水をのがしても、今までは特に問題なく生活は出来ていました。
 
しかし、今週の水曜日に4日間の出張から帰ってみると、貯水タンクは完全に空にっていました。出張中はいつも、事務所の守衛にタンクに水を溜めておくようにお願いしているのですが、どうも今回は彼が忘れてしまったようです。現在、ラリベラで行われている大規模な道路工事には大量の水が必要になる為、給水が少なくなっていたのも一つの原因のようです。
 
まあ、そんなわけで、現実の問題として、今、使える水が残り400ミリリットル程となりました。
 
今日の午後までに水がこなかったら、どこかで水を汲んでこなければなりません。近所の人に頼めばしばらくは何んとかなりそうですが、現地の村人と同じように、ポリタンクを持って川に水を汲みに行ってみるのも、ありかなぁ。とか思います。
 
水の本当の重さを知るいい機会かも。

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2009年3月14日 (土)

Made by the past

Myself_06_2昔行った日本のお祭り情報を調べる為、過去の自分のブログ(mixi)を久し振りに読み返してみました。

あの頃から色々と経験を重ね、自分も成長してんだろうなぁ。単純にそんな風に思っていました。けど、実は過去の自分の方が、より感性が豊かだった部分もずいぶんあったようです。昔の自分も結構おもろいこと考えてたようで。

*****

経験がもたらすものは、「成長」ではなくて、「変化」なのかなぁ、と思ったりします。色んなものを、失ったり、得たり、捨てたり、拾ったり。

そんなことを繰り返しながら、月日は流れて行くようで。

数年後に、このブログを読み返すのが、また楽しみになりました。
その頃には、2009年の自分のことをどう思うのかな。

とりあえず、進むべき方向だけはしっかり定めて、月日の波に乗っていこう。

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2009年3月 4日 (水)

カラティエ

Caratieショーッ ドーッ カン カッ ラッ ティェッ!
ショーッ ドーッ カン カッ ラッ ティェッ!!

そんな、掛け声で始まった、正拳突きの稽古。

こないだ、ラリベラの空手教室の見学に行ってきました。なんとなんと、ラリベラに空手教室ができたんです。これには本当にビックリしました。

先生はアディスアベバで空手を習っていたというエチオピア人。

しかも、黒帯。
しかも、膝までたらした、 やたらと長い黒帯。

ハジメッ。

イチッ ニー サンッ。 
キュー ゴー シチッ。 
ヤミェー。

イチッ ニー キューッ。 
シー ゴー キュー。 
ヤミェー。

オスッ。

「9」の入るタイミングが完全にフリースタイルという、師範のアバンギャルドな掛け声に、最初はずいぶん戸惑いもしましたが、20名ほどの生徒達はみんな真剣に稽古に励んでいます。予想以上に本格的な空手教室でした。

一時間ほどの稽古のあとには、反省会のようなものを開いていましたが、どうもみんな正座が苦手なようで、それがなんとも微笑ましかったです。

こんなアフリカの僻地で、思いがけずに自分の国の文化に触れるのは、なかなか嬉しいもんです。

これから僕も稽古に参加してみようかなぁ、と、ちょっと考え中っす。押忍。

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2009年3月 2日 (月)

シゴト

R0010861

忙しい日々。

なかなか、ブログの更新も出来ませんでした。

さて、2月から、本格的に始動したカッチンマスク小学校の新校舎建設。作業がずいぶんと遅れてきています。この遅れのおもな原因は労働者の不足です。計画段階では、労働力や石や砂を無償で提供すると約束してくれていた地域住人ですが、いざ実施段階に入ると、なかなかすんなりとは協力をしてくれません。

現在建設ラッシュのラリベラでは全体的に労働者が不足しているし、文化的なことや、そのほかにも色々と事情もあるので仕方が無いかなぁ、とは思っています。ただ、この学校建設は単なる建設ではなく、「地域と一緒に作り上げる学校」というもう一つの大切なテーマがあるため、出来るだけ、地域住人は参加して欲しいところです。

現在はラリベラ市と郡役所の強力サポートのおかげで、ようやく人が集まり、明日にはなんとか次の段階に進むことができそうです。

ところで、現場監督としてこちらの労働者達をみていると、結構ぼんやりとしている人が目に付きます。5人労働者がいれば、そのうち働いているのは2人くらい。残りの人たちは、たいてい座って作業を眺めています。これは、FFFの現場に限らず、別の建設現場でも同じです。そんな労働者達を見て、本当に、こっちにの人たちはのんびりしてんなぁ、と思っていました。アフリカだから仕方ないのかもなぁ。と。

まぁ、そうはいっても、雨季前に完工するためにはこれ以上の遅れを出すわけにも行かないので、先日、彼らに混じって、基礎工事の作業をしてみました。外国人の僕が黙々と働いていれば、きっと彼らも一緒になって頑張ってくれるんじゃないか。と。

そして、労働者の1人にツルハシをかり、硬い石質の土地を掘り下げる作業をはじめました。

すると、ものの30分ほどで手の皮が破れ、体中の筋肉が悲鳴を上げ始めました。ここの土質は、土と云うより、石そのものです。日差しは容赦なく照りつけ、水分補給もできません。僕が肉体労働に向いていない、ということを差し引いても、相当に大変な作業でと云うことが分かりました。

その日は半日くらいは作業をするつもりでしたが、1時間でもうギブアップです。しかも、この一時間で僕が掘ったのは、ほんの数センチ程度。労働者たちは、こんな作業を一日中、しかも日当150円程度で請け負っているんです。

リスペクト・労働者。

この手の痛みと筋肉の疲労は、しっかり覚えておかねば。

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2009年2月20日 (金)

ゼイトゥの子

Zeitu_2ナクテラ小学校のゼイトゥの苗木です。
ちょうど去年の今頃、この苗木について記事を書きました。

あの頃は、しっかりとワラで作ったプロテクションの中で育っていた苗木も、今では独り立ち。
ここまで育てば、あとは週に1~2回の水遣りで大丈夫です。

去年、一昨年に比べると、農園の状態もずいぶん改善されています。

学校の子供たちも、苗木たちも、確実に育っているようです。

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2009年1月28日 (水)

the bloodless conflict

Damageならぬ堪忍、するが堪忍。

稲造先生はそんなことを言っていましたが、さすがに堪忍袋の緒が切れました。

ネズミ達です。

先日、出張で数日間事務所を空けていたのですが、戻ってきてみるとずいぶんと部屋が荒らされていました。まず目に入ったのは床に散乱した乾燥わかめと、マギーのスープの素。

出張前日に停電になっていたため、ネズミ対策が万全でなかったので、まぁ、仕方が無いか。と思っていました。

しかし、他の物を確認してみると、大変貴重な手延べそうめん、「揖保の糸」が丸まる一袋食べられています。それだけならまだしも、数ヶ月前に苦労して張り替えたジャンベの革まで食べていたんです。

ならぬ堪忍。
できぬ堪忍。

もはや徹底抗戦の姿勢です。

まずは、ネズミ達があけた壁の穴を全てセメントで固めました。そして本棚やベットの下など、ネズミが隠れられそうな場所を全てブロック。天井の隙間には、ダンボールとプラスティックシートを貼り付け、部屋のドアは一度取り外し、床との隙間を埋める為の木材を打ち付けました。これでもう、何も出来ないはずです。

彼らにとって、もはや住み易いとはいえないこの家から、潔く自分達の意思で出て行ってくれることを願います。

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2009年1月27日 (火)

Challange to change

Hatuhinode_2 一月ももう後半。
最近は特に、時間の流れが早く感じられます。

正月には友達と母親がエチオピアに遊びに来ていたのですが、その頃のことがすでに遠い昔のことのよう。大量に持ってきてもらった「亀田の柿の種」もいつの間にかに底を突き、そのことが確実に時間が過ぎていることを教えてくれます。

さて、FFFでは2009年に入り、学校建設事業を本格始動させました。資材調達、運送手配、保管倉庫の手配にはじまり、業者の入札、信用調査、契約書作成、政府や地域との調整を行っています。今日はようやく建設業者との正式な契約を結ぶことが出来ました。また、昨年度の会計報告や今年度の植樹地確保の為の交渉、同じく水確保の交渉も同時進行で進めてきました。

今はそんな忙しい時期なのですが、実は12月に一人、1月に一人、長期間FFFで働いていたスタッフが政府に転職してしまい、事務所運営がけっこう危機的な状況にあります。

エチオピア政府は去年の6月から新戦略を打ち出していて、積極的な人材採用を行っているんです。もともとNGOの現地スタッフは、雇用の期間が限られているため、政府に比べて給与が高いのが普通です。しかし、数年前から常に同じ予算で事業を運営しているFFFは、最近の物価上昇に対応できずにいます。そのため、職員が最低限、満足できる待遇すら与えることが出来てないのが現状です。終身雇用で給料の高い政府と、期間限定で給料の低いNGO。彼らの転職は仕方の無いことだとは思います。

まぁ、そんな厳しい状況ではありますが、ある意味で、この苦境はいい機会だとも思っています。昨年はスタッフの中でも長期間勤務していた人間ほどマンネリ化した仕事にモティベーションを失い、職務を怠ける傾向にありました。マンパワーと事業規模のバランスが悪く、スタッフ個人の能力を十分に活用できていない部分もあったと思います。だからこそ、よりコンパクトな体制で、スタッフひとりひとりが全力で事業に取り組めるような職場環境を作っていくこと。それが、今年の僕に課せられた、大きな役目のひとつだと思っています。

2009年はFFFも「change」をテーマに、変革に取り組んできます。

写真は、今年の初日の出@ボレ国際空港です。

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2008年12月23日 (火)

morning view

Morningあさのラリベラを散歩すると、しっかりあさのにおいがします。

ぼんやりと朝もやのかかった村では、お母さん達が、朝食の支度の火を起こしています。所々から立ち上がる薪の煙に朝日が差し、とてもいい雰囲気です。

各家では穀物を脱穀したり、ブンナ(コーヒー)のお湯を沸かしたりと、朝の営みが始まります。そしてその周りで子供達がワッカを回して走り回り、更にその周りをニワトリの親子が駆け回ります。

道にはたくさんの荷物を背負って坂をのぼる人、弁当箱を持って仕事場に向う人、ただそこにいる人たちもたくさんいます。すれ違う人びと、牛やロバたち、子供と犬、それぞれがそれぞれの朝の挨拶をしています。

なんだか懐かしい気分にさせる,あさのにおいです。

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2008年12月18日 (木)

タベル

Spinach昔、友人の家で熊の頭蓋骨を見せてもらいました。

その熊の奥歯は完全に磨り減っていて、神経がむき出しになっています。この熊は、何かを食べるたびに、尋常ではない激痛と闘っていたはずだ。と教えてもらいました。

生きる為に食べる。

ということはそういうことなんだと思います。

*****

ここしばらく、珍しく体調を崩しています。

なかなか体が食べ物を受け付けず、もっぱらバナナやオレンジで栄養を取っています。しかし、体を維持する為には、やはりしっかりと食べないわけには行きません。

僕も食べなくては 。
生きる為に。

あの熊に比べれば楽なもんだ。

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2008年12月17日 (水)

Fish called 'Ethiopia' 

Hamakatsuoたまたま、ネットで見つけました。
 
日本には色々な名前の魚がいますが、まさか、エチオピアという名前(通称)の魚までいるとは。本名は「シマカツオ」といたって普通。
 
●1935~1937年に相模湾でこの魚の大漁があり、一般の食卓にものぼ るようになった。ちょうどそのときにエチオピアの皇族が来日中であり、この皇族に国際的なロマンスの噂がたって新聞などを賑わせた。それを記念(この表現 が不明)してエチオピアと呼ぶようになった。(『魚の履歴書』末広恭雄)
 
●昭和初期からわが国の南方漁業が急に盛んになり、この魚の漁獲も増えたが、丁度そのころ、わが国とアフリカのエチオピア王国との外交関係が親密であった ことから、エチオピア=黒人国の連想により、この黒褐色の南方魚を、漁船員、魚商等がエチオピアと呼び始めた。(参考/『新釈魚名考』榮川省造 青銅企画出版)
 
へぇ、なるほどね。
それにしても不細工なさかな。


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2008年12月16日 (火)

アースジャンプ エチオピア

Earth_jump_6On 10th December, we jumped with children in Neakutelab primary school. 16 students and 5 of our staff took part in Earth Jump in Lalibela.
Even children didn't take a real understanding of the purpose of the jumping, they seemed to have fun very much. Most of students were in class, so they were representative of other 1300 students.

I feel like Shuri and Lalibela are connected with same simple action of people.

友人達が沖縄から始めた、セレブレーションアースのイベントの一つ、アースジャンプに、エチオピアから参加してみました。http://celebrationearth.ning.com/ ← 皆さんぜひご参加を!

アースジャンプinエチオピアということで、ナクテラブ小学校の16人の生徒が学校を代表して参加してくれました。ジャンプをする。という単純なアクションで、世界の反対側に位置する、日本とエチオピア、沖縄とラリベラが繋がったような気がしました。

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2008年12月 8日 (月)

Banknote

Moneyアフリカの紙幣は、得てして汚いことが多いです。

特に、ラリベラのような田舎では、みんな財布を持たないし、お金の扱い方もひどいものです。村には破れた紙幣が普通に出回っています。そのくせして、日雇い労働者は汚い紙幣をすごく嫌がります。

ちなみに、このお金、銀行から引き出した時に混ざっていたものです。銀行からのお金で、これはさすがに、行き過ぎじゃないでしょうか。

銀行に換えに行くと、
「ああ、これね。ちょっとこれはひどいと思ってたんだよね。」

うん、じゃぁ、出さないで下さい。

Well, This Is Africa.

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2008年12月 6日 (土)

FORD RANGER

R0010180 FFFではFORDのピックアップトラックRangerを一台所有しています。

このピックアップはラリベラ周辺のラフロードをガンガン走っているため、かなりガタがきています。週に何回かはパンクをするし、サスペンションはいつも悲鳴を上げています。

話が少々飛びますが、僕はカナダでウェブデザインを学んでいたころ、初めてコンピューターの能力をフルに活用できたと感じました。3Dグラフィックやアニメーションを使うことで、コンピュータの本当の凄さやポテンシャルを知ることが出来たんです。

うちのFORDもこのラリベラという場所で毎日その能力をフルに活用しています。街で走る綺麗なピックアップとは違い、能力の限界を超えるまで頑張っています。そうした意味で、うちのRangerは遺憾なく、その存在意義を果たしているのだと思います。

そして、僕もこのFORDのように生きたいと。

そう、思うわけです。

*****

前回書いた記事で、いろいろな方からメールをいただきました。
ありがとうございます。

エチオピアでの生活ももう1年。ただがむしゃらに働く時期も終わり、そろそろ現状をしっかり見据える時期に来ているのだと思ってます。そして次のことを本格的に考え始める時期にも来ているようです。だからこそ、ネガティブなことでもしっかり向き合い、ポジティブに解決する方法を考えなくてはいけないのだと思っています。

もともと、僕にとって今の仕事は、次にもっともっと面白いことをする為の修行の場です。未来の視点から現状をみつめた場合、今ここで経験していることがどれだけ重要なのか。それを重視したいと思います。

まぁ、とはいえ、カッチンマスク小学校の学校建設は責任を持って終らせるつもりなので、あと1年は確実にこの仕事を続けるつもりです。もともとの契約した任期は3年間なので、最後の1年をどうするか。そこが悩みどころのようです。

とにかく今のうちから、次のステップに進む準備だけきっちりしておこうかと思います。

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2008年12月 3日 (水)

二十日鼠と人間

Fire_and エチオピアに来てから一年が過ぎ、徐々に自分の考えることも変わってきました。

ここ数ヶ月ずっと考え続けていることですが、今、自分がいる環境は、自分にとってよくないのかもしれない。と思っています。

自分が犠牲にしていると感じる部分と、そこから得られる結果や経験。自分の仕事と成果に対する評価と報酬。責任と目的、将来と現状。そういったものバランスが面白いくらいに取れていません。

厳しい環境で難しい仕事をこなすことは、間違いなく自分の為になります。しかしその厳しさや難しさの理由が、自分が納得の出来ないものであった場合、モティベーションはじわじわと下がっていきます。そしてモティベーションを失ってしまうと、どれだけ苦労をしたところで、期待しているほどの経験を得ることは難しくなっていきます。

もちろん愚痴を言うくらいなら、まず状況を改善する方が建設的です。そして、その為の取り組みは十分以上にやってきたつもりだし、これからもやっていくつもりです。その上で、この状況では退職する事も、一つのいい選択だとも思うわけです。

とにかく学校建設が完了する2009年10月までは責任を持って職務を果たすつもりですが、もしかすると、予定よりも早く、別の環境に身を移すことになるかもしれません。

今まで、ブログにこうしたネガティブなことを書くのは出来るだけ避けてきましたが、まあ、十分に時間をかけて考えていることだし、感情的になっているわけでもないので、これもこれでひとつ、経験から得ることの出来た考えなのかなぁと。思います。

この考えが間違いだったと思える日が来てくれますように。

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2008年12月 1日 (月)

アディスアべバの日本

R00102102週間ほどの出張から、ラリベラに戻ってきました。

最近はアディスアベバに行く機会が多いということもあり、徐々にエチオピアの日本人社会にも馴染みつつあります。
今回の滞在では、エチオピア日本人会の運動会と、鹿島建設が建設したアバイ橋の見学ツアーに参加させてもらいました。

アフリカにいながらにして日本。
とても新鮮でありました。

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2008年11月12日 (水)

ルサカの赤い影

Photo2003年。
ザンビアで出会った一枚の絵が、僕の人生に与えた影響は計り知れません。その絵は、ザンビアの首都ルサカの国立博物館にありました。

博物館の一階にある「子供の生活」と題された特設コーナーには、小学校低学年くらいの子供が描いた絵が数点飾られていました。

児童虐待、幼児労働、暴力、貧困。そんな気の重くなるようなテーマの絵がほとんどです。そして、その中に一枚、ひときわ異様な雰囲気をもつ絵がありました。

それは一見するとごく普通の絵でした。伝統的な住居と森、数人の人物が描かれているだけの、何の変哲もない村の景色です。

それでも、やっぱり何かがおかしいんです。

しばらくじっと見ていると、段々その理由が分かってきました。その絵の中の人物は全て一人ひとりがばらばらに配置されていて、みんな後を向いています。そして、その絵の人物の影の色は、全て乱雑な赤で塗りつぶされているんです。

それに気付いた時、僕はその絵を描いた子供の心の深い部分を覗いてしまったような気がしました。そして、頭ではなく、感性で、これは何とかしなければならない。と悟りました。子供達にこんな絵を描かせてはいけないと。

正直なところ、僕は心理学を勉強したわけでもないし、その絵の意味する事が何なのかは、全くもって分かりません。ただ、その時の感情と衝撃は、その後数年が経過しても薄れることはありませんでした。

世界中の子供達が、みんな笑顔で、明るい絵をかけるような未来。
そんな未来を作る事が、僕達の大切な仕事なんじゃないかと思います。

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2008年11月11日 (火)

Real situation

Hito2こちらにはファレンジプライス(外国人価格)というものが存在します。
この地を訪れる外国人は何を買うにしても、何を食べるにしても、現地人の倍近くの値段を取られるんです。これにはラリベラを訪れる多くの旅行者が心底ウンザリとさせられているようです。

まぁ、こうした外国人価格というものは途上国の観光地に行けばどこに行っても当たり前のことだし、お金のある外国人が、現地にお金を落としていくことは、地域の発展にとっていい事なんだとは思います。ただ、同じ地域に住む労働者が何日も働いて得られるお金を、適正価格を知らない外国人から、とにかく掠め取ってやろう。というやり方は、やはり、気持ちがよくありません。

最近、急速に先進国の文化が流入しているラリベラでは、いまや衛星放送も見れるし、どこへ行っても携帯電話が使えます。そして、そうした便利な技術と一緒に、「お金さえあればいい」、「今さえよければいい」そんな価値観までもが人びとの間に浸透してしまっているように思います。

実際のところ、人間のこうした貪欲さこそが、先進国をこれだけ発展させてきてた大きな要素なわけですが、今、その発展の基礎となる経済は着実に行き止まりに近づいてきています。

世界の変化や発展はもはやとめることはできません。だからこそ、これからどんどん先に進んでゆく国々は、今の先進国の後を追わないで欲しいと思います。

もっと別の形で、緩やかな、気持ちの良い発展を目指して欲しいものです。

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2008年11月10日 (月)

デジタルキャメラ

Ricoh_gx100_2

Ricoh GX100 を手に入れました。

まだちゃんと使いこなせていませんが、見た目もかっこいいし、性能もばっちり。フィールドに出た時、一眼レフはけっこう邪魔なので、コンパクトな高性能カメラは重宝します。かなりお気に入りです。

これから、こいつでばしばしエチオピアでの貴重な日常を記録してきます。

外に出る楽しみがまたひとつ。

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2008年11月 8日 (土)

この山を

Woirayeまるごと森にしてしまおうと。
計画中です。

ウェライエというこの地域名はアムハラ語で「オリーブの木」を意味します。実際、数十年前までこの山はオリーブの森に覆われていたそうです。

カムバック森。

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1/3

Coto_vepp_3多くの人にインスパイアされて。
ここまでやってきました。

あの人たちのような人間になりたい。
人にいい影響を与える人間になりたい。

きっとそれが、今ここで仕事をしている大きなモティベーションのひとつだと思います。

僕がエチオピアに来てから、今日でちょうど一年。
少しはあの人たちに近づけているかな。

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2008年11月 6日 (木)

Fruitful days

Img_5908これから、地域政府との学校建設プロジェクトの調印式にいってきます。

先月15日には日本大使館での調印式の様子がエチオピアの国営テレビ放送(ETV)や新聞で取り上げられたということもあり、現地でのこのプロジェクトの認知度はなかなかのものです。村を歩いていても、「テレビ見たよ」とか、「いつからはじめんだい?」と声を掛けられることもしばしばで、このプロジェクトに対する地域の期待の高さをひしひしと感じています。

今は、FFFの理事長がラリベラに来ており、今日の調印式では今後の事業全体の方向や問題点をふくめ、地域政府といろいろな話合や交渉をする予定です。

今年もあと二ヶ月、ずいぶんとハードな日々が続きそうですが、さらりさらりとこなしていきたいと思います。

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2008年11月 2日 (日)

人間だもの

White早朝の村。

事務所の近くの小道を歩いていると、子供達が集まって何かをしていました。近寄ってみると子供達の輪の中心には大きなヤマアラシが横たわっています。

今朝方、村人達が人に危害を与える「可能性」がある害獣として、みんなで退治したそうです。ずいぶん酷いやり方をしたようで、頭の部分の元の形が分からなくなってしまっていました。

肉食獣が草食動物を狩る。
人びとが山嵐を屠る。

雰囲気は似ていますが、何かが決定的に違います。
一瞬、その風景に嫌悪感を感じ、すぐにその感情の浅はかさを恥じました。

人はただ、奪います。
だからこそ僕らの今があるんです。

*****

フー太郎の森基金(FFF)は、理事長で団体設立者の新妻香織が、ラリベラで人間の子供にいじめられている梟を助けたことから始まりました。彼女はその梟を子供達から買取り、自然に帰すために梟と共にアフリカを旅しました。その時に梟の住処である森が壊滅的な危機にあることを知り、森を作る活動が開始したわけです。そして、その梟の名前が、団体の名称にもある「フー太郎」なんです。

今朝、もし僕がもう少しだけ早くその場所に居て、山嵐を助けることが出来ていたら、そのうちに「山嵐太郎の森基金」みたいのを作ったりしてかもなぁ、と、ちょっとだけ思いました。

自分の意思で生き方を選べるのも人間なんだなぁ、とか思います。

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2008年10月31日 (金)

可能性を探る

Solba_2こちらに来てから、もうすぐ一年。僕も少し知恵をつけました。それは、ラリベラでの水源の探し方です。
ただっぴろい荒野に立ち、ざっと辺りを見回して、大きな木が見つかれば、その近くに必ず水源があるんです。

今日は新しいプロジェクトの可能性を探る為に、ソルバという地域にいってきました。この地域には、十分な量の地下水があり、水資源開発、営農、植樹、アグロフォレストーなどなど、開発の余地が存分にある、ということを以前から聞いていました。

ラリベラから車で1時間20分。そこから歩いて20分。
この地域は高さ20mほどの低い丘に囲まれた盆地になっていました。平地の一部には農地があり、周辺の小山にはポツリポツリと木が育っています。近くの岩に上り、辺りを見回してみると、やっぱりありました。「大きな木」。その目印の気を目指して、ソルガムの畑に分け入って行きます。

しばらく歩くと、そこでは小さな泉から水が湧いていました。水量は十分とはいえませんが、確かにうまく活用して灌漑システムを整備すれば、かなりいろいろなことが出来そうです。

立地的にも幾つかの村の中間にあるし、土質も悪くない上、ウォーターキャッチメントを造成する為に手ごろなサイズの石も豊富にに転がっています。対費用効果とリスクを考えても、なかなか理想的な場所です。将来のプロジェクトの可能性を大いに感じました。とりあえず、色々とシュミレーションをして、フィージビリティスタディを進めていきたいと思います。

で、明日は、明治学院大学の学生さんたちがラリベラにやってきます。

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2008年10月30日 (木)

Copious crops

Teff 収穫の時期です。

ラリベラでは子供から老人まで、家族総出でテフの収穫をしています。

鎌を片手にのどかな労働。

競うことも、急ぐこともなく。和やかに。

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2008年10月28日 (火)

Nine days with Djembe

Img_6472ジャンベ(正確にはジェンベ)は西アフリカの太鼓です。木を刳り貫いた胴体にヤギの革が張ってあり、打面の大きさは直径20CM~40CM。横から見ると胴体の中央部がくびれていて、打面の反対側が空洞になっています。バチなどは使わずに素手で叩く楽しい太鼓です。

7月に山羊皮を手に入れたときに、ジャンベの革の張り替えをしました。その様子を。

*DAY 1*

_mg_6529まず、古いジャンベの革を取り除きます。干しておいた皮は、水につけてやわらかくし、所々に残っている肉や脂肪をナイフでそぎ取ります。頭の部分をハサミで切り取ると、なんとなく気持ち的に扱いやすくなりました。使う部位は、やっぱりど真ん中。そう思って、ちょうど背中の真ん中に当たる部分を直径30センチほど切り取りました。これを筒の上に被せて引っ張ります。予想以上に伸びます。

しかし、背中の部分、ちょうど背骨の上に当たる部分は、皮に太い筋があり、その部分だけ伸縮率が違いました。打面は出来るだけ均一な方がいいので、ちょっと申し訳ない気もしましたが、別の部位で再挑戦することにしました。

次は、左の肩からわき腹にかけての部分を、さっきよりも大きめに40センチほど切り取りました。前足の方向に行くにしたがって、毛の生え方が少しづつ違ってくるのが分かりました。背中の方が毛の密度が濃いようです。

今度は、皮の厚さも均一です。初めはあまり強く張りません。軽く被せて形を整える程度。筒の上部よりもひとまわり大きい鉄輪の下を通し、この鉄輪を紐で引っ張ります。

*DAY2*

Img_6533_2一日置いた皮は適度に水分が飛び、濡れせんべいぐらいの固さになりました。ここから少しづつ紐を締めて、皮をがっちり張っていきます。ただ焦りは禁物。毎日少しづつ、緩やかに革を張ることが重要です。というか、多分重要です。

面白いことに少し湿り気のある部分の毛がぽろぽろ抜けてきました。打面の毛は抜けてもいいんだけど、側面の毛は出来れば飾りに残しておきたいところです。なので、極力側面には触れないように、紐を引っ張ります。

*DAY3*

ずいぶん乾燥して、周りの部分はすでにカチカチに固まっています。それでもまだまだ伸びます。打面の厚さもまだまだ完成品の三倍くらい。叩いてみても、くぐもった音が出るだけでとてもジャンベとはいえない状態です。
そのくせして、革が放つ強烈な動物臭は一向に消えません。ジャンベ本体も余った皮も庭においてあるのですが、その強烈な臭いは、事務所の中まで漂ってきます。これは何とかしなくては。

*DAY4*

Img_6491_5夜中にずいぶん外が騒がしいので、窓から外をのぞいてみると、野良犬たちが外に干してあった皮を奪い合っていました。守衛のダスタオが犬を追い払ってくれたおかげで、ジャンベ本体は無事でしたが、余った皮はしっかり持っていかれてしまったようです。まぁ、余った皮の使い道も特に思いつかなかったし、犬の腹に収まったんだったら、これはこれでよし。

*DAY5*

今日も紐を引っ張ります。そろそろ力いっぱい、鉄の棒を使って全力で紐を締め上げます。しかし、あんまり強く紐を引っ張りすぎたせいか、鉄輪に巻いてある紐が切れてしまいました。仕方なく鉄輪を取り外そうとしましたが、革の端が固まってしまって、うまく取ることができません。仕方なく、もう一度革を水につけて、やわらかくしてから取り外しました。せっかくここまで張ったのに、3日分くらい後戻りです。新しい紐で、鉄輪を巻きなおし、またいつもの手順の再開です。

*DAY6*

Img_6511前日にはずいぶん後戻りをしてしまった気分でしたが、水につけてふやけた革はあまり縮んではいなかったようです。引っ張ったときの、紐の遊びがずいぶんと長くなってきました。叩いた時の音も、低音はしっかり響くようになってきました。

 

*DAY7 / DAY8 / DAY9*

毎日、少しずつ紐を締めます。少しづつですが、まだまだ革は伸びます。まぁ、でも、そろそろ完成かな。打面が小さいせいもあって、期待していたほど心地の良い音はでませんが、ばっちり満足。この作業行程、なかなか楽しかったです。紐を引っ張っている間は無心になれるし、余計なことを考えないでいられます。やっぱりものづくりは楽しいです。

Img_6605 というわけで、ジャンベの革張り換えでした。
これからも、暇なときには、叩いたり、引っ張ったりしてみます。今度はもっとでっかいジャンベでやってみたいなあ。

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2008年10月27日 (月)

歯ブラシ長者

A_dayどういうわけか、事務所には歯ブラシが大量にあります。新品の歯ブラシが50本近く。

こちらの人びとは木の枝で歯を磨きます。そのため、木の枝を歯磨き用に折ってしまうんです。とくに1月のクリスマス、ティムカットの時期にはたくさんの巡礼者がラリベラにやってきて、たくさんの枝を折ってしまいます。

多分、昔の駐在員がその状況を何とかする為に、日本からたくさんの歯ブラシを持ってきたのではないかと思われます。

それでもやっぱり水がなければ歯ブラシは使えないし、昔からの風習を変えるのは難しいみたいです。この歯ブラシ、欲しがる人は誰ひとりとしていません。

そんなわけで、今は数週間ごとに新しい歯ブラシを使っています。
歯ブラシに恵まれた生活です。

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2008年10月26日 (日)

木を植える

Planting7月からずっと、ごたごたとしていて今年の植樹について書いていないことに気付きました。なんだかんだいっても、僕らのメインの活動は植樹です。そんなわけで、7月に会報用に書いた記事をそのまま。

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植樹のタイミングはとても繊細です。「雨が2日以上降り続いた日で、植樹後にも2日以上雨が降る日に植えること。」農業局からはそんなアドバイスをもらっています。しかし天気予報もないこのラリベラで、その一瞬を捉えることはなかなか至難の業。スタッフ達と毎日空を見上げながら、時にはアマゴイの太鼓を叩きながら、植樹のタイミングを計ってきました。一緒に準備を進めてきてくれた村人や子供達も今や遅しと植樹の時を待っています。
そして、例年より少し遅めの7月初旬。ゲテルゲ小学校での植樹を皮切りに、ラリベラ各地で無事、植樹を始める事が出来ました。
今年は最終的に2万6452本の植樹です。村人達に根強い人気のグラビリアや、在来種のオリーブ。乾燥に強いアカシア各種。マンゴー、パパイヤ、コーヒーなど果物の木を中心に植えました。昨年のデータを基に、高度や土質を考慮し、活着率の向上を目指す工夫もしています。
例年に比べると、植樹数は少ないですが、しっかり育てていく為には、このくらいが限界かもしれません。これからこの木たちがラリベラの大地に根付いてくれるように、一本一本大切に育てていきます。

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さて、今は、ラリベラの雨期も完全に終わり、またもとの乾燥した日々が戻ってきました。そろそろ活着率の調査を始める時期です。ざっと見たところ、今年の活着率は去年より若干よさそうな感じです。

ところで、現地で植樹をしていると、それが日本の植樹とは根本的に違うことに気付きます。ラリベラでの植樹は将来的に切ることを前提とした植樹。言い換えれば、生活の為の植樹だということです。先進国の一部の人が取り組んでいる何十年か先の為の植樹ではなく、もっと近い未来の為の植樹なわけです。

例えば、FFFが雇用しているラリベラ小学校の森林ガードは今年、自主的に学校の敷地内に木を植え始めました。彼はFFFとの付き合いも長く、いよいよ森の大切さ を理解し、未来の子供達の為に木を植え始めたんだなぁ。と、なんだか嬉しく思っていました。しかし、先日彼に話を聞くと、「いや、この木を育てて、箱をいっぱい作るんだ。木が余ったら家の修理に使うんだよ。」といっていました。

うん、なるほど、確かに。箱をいっぱい作れば、その分お金を手に入れることが出来ます。善意でご飯は食べられません。

それであれば、僕らの出来ることは、彼らの思惑と地球規模の思惑とをうまく組み合わせて、結果的に森を以前の状態に戻すことです。とくに森林破壊が進む場所は、途上国であることが多く、そういう場所にこそ木を植える必要があります。日々を生き抜くことが最優先課題の人びとにどうやって木を植え、育ててもらうか。地球規模で環境破壊を食い止める為にはそういった部分が重要なのではないかと思います。

あと2年で出来ることは限られてるけど、あと2年で学べることはたくさんありそうです。

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