はて、人の為とは?
2000年の夏、中国南西部の地方都市蘭州から、チベットへの入口ゴーアルムーに向かう深夜バスでの出来事。
そのバスは寝台バスと呼ばれる長距離夜行バスでした。とはいえ、寝台バスとは名ばかりで、リクライニングシートが倒れた状態になっているだけの粗末なローカルバスです。
出発時間ギリギリに乗り込んだボクの座席には、小さな子供二人を連れた老婆が座っていました。チケットの座席番号を見せると老婆達はゆっくり隣の席に移動しました。いや、移動したというより「隣の席に収まった」という方が正確な表現かも知れません。このバスは人数ごとで運賃を支払うのではなく、座席ごと課金をされるというシステムのようです。経済的に豊かではない老婆と子供たちは一席分の料金だけを支払い、与えられた座席に何とか押し込まれている状態だったのです。一人でも狭い座席なのに、小さな子供とはいえ3人もの人間が荷物をかかえて座るには、完全に無理がありました。
ボクはほんの少し躊躇をしたものの、彼等に自分の席の半分を譲りました。
その為、その夜は、夜通し悪路を走るバスの、ただでさえ狭い座席に、かなり無理な体勢で座ることになりました。眠ってしまうと自分の背中で子供を押しつぶしてしまうため一睡もすることはできません。それまでの旅で様々な厳しい状況になんとか適応してきたつもりでいましたが、その夜は正直かなり辛い状況でした。
さて、そんな状況での長い夜に、ボクは「はて、人の為とは?」という事をずっと考えていました。
別に期待をしていたわけではないのですが、ボクが彼等に席を譲り、その苦痛を共有した事で、なにかしら感謝をされるものと単純に思っていたふしがあります。しかし、その老婆からは最後まで感謝の言葉も、好意的なそぶりも受けることはありませんでした。また、周りの乗客からも、「キミは一席分のお金を払っているのになんでそんな事をするのか?」と聞かれたりもしました。
ただ、ボクは感謝をされたり、その行為を褒められたいが為に席を譲ったわけではありません。もし自分の両親なら、間違いなくそうするだろうと思ったからそうしたまでです。そして、実際に老婆たちが喜んだかどうかはわかりませんが、一つの結果として彼等は少しだけでも楽な夜を過ごす事ができたはずです。それで十分なんじゃないだろうかとおもいました。
つまりは、人の為ではなく自分の為に。
感謝や賞賛のためではなく実際に起きる現実のために。
その時点で正しいと思った事をすればいいんだと気づいたんです。
小さな出来事ですが、このことはボクにとっては非常に大きな経験でした。
その後、色々な場所で色々な人と出会い、世界の現状の一端を知る事で、ぼくの未来の使い方はおのずと決まっていった気がします。
自分が正しいと思う事のために生きよう。
自分のために、人のために生きよう。
そんなことが、ゆっくりと、確実に、ボクのゆるがない真実になっています。
ところで、最近思う事が一つあります。
ある人にとっては目前の小さな失敗が、世界の反対側で起きている悲惨な現実よりも、より残酷で厳しい状況のように感じることもあるということです。今、この瞬間にスーダンや、イラクや、イスラエルで起きている事よりも、自分の目の前に差し迫った悲しみが、それらを凌駕してしまうこともあるのではないでしょうか。つまり、それぞれの個人の世界の現実は、より自分に近い場所から始まってゆくということです。
そうした思いから、自分の理想を実現させるためには、常に自分の内面を充実させておかなくてはならないのだと、強く感じています。まずは自分が平和になり、それから世界平和を願い、その為にできることをする。
単純だけど、結構難しい事です。
今、ボクは長い準備期間を経て、いよいよ踏み出すときが近付いてきていると感じています。やるべき事をやるだけ。とにかく動こう。そう思います。
―― Determination 28
最近のコメント