2009年11月14日 (土)

13月3日

Kabaleid_omote_2

Kabakeid_naka_6

パスポートをなくしたので、とりあえず郡役所発行のIDカードを作ってもらいました。このIDカードは、基本的にエチオピア人向け。外国人に発行されるのは特例です。

そんなわけで、証明書の記載内容もエチオピアの慣習に基づいています。

まず日本と違うのは日付。
エチオピア暦では1年は13ヶ月あり、西暦の9月11日が元旦にあたります。そして今年は2002年。そのため、僕の誕生日はエチオピア暦1971年13月3日になるそうです。

また、エチオピアには苗字というものがなく、名前は、「自分の名前・父親の名前・(祖父の名前)」になります。つまり僕の名前は、「テッペイ・テツヤ」。

便宜上、IDカードには苗字も載せてもらったので、今の僕の身分は、

「岡野鉄平鐡哉、1971 年13月3日生まれ」です。

今後とも、よろしくお願い致します。

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2009年11月13日 (金)

Akaoni 会計担当をクビにすることに決めました。とても、痛い決断です。

彼女は2008年の資金不足のときに雇った会計担当で、最初はPCの操作もできませんでした。将来的な成長を期待していたのですが、この一年間、予想以上に能力が伸びず、いまだエクセルの基本ができません。また、会計担当にとっては特に重要な、「ミス」に対する意識が低いことも問題です。

以前よりも、事業規模も増し、より高度な会計知識が必要になるJICAプロジェクトでは、彼女に会計業務を任せるのは無理だという結論に達しました。

他の職種への変更を提案しましたが、今後も会計担当としてのキャリアを積んでいきたいという強い希望があるようです。やむを得ません。とても残念です。

とても、残念です。

この一年間、もっと厳しく指導をしていれば、あるいは、こんな結果にはならなかったのかもしれません。

大きな後悔を伴う、大きな反省です。

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ぬま

Wacca昔、ラリベラで、

実家近くの「ぬま」を自慢する人に会いました。

「うちらの沼のほとりにはさぁ。」って。

饒舌に話す彼女。まったく羨ましくありませんでした。

さて、そんなわけで、リアルな世界でがんがん突き進む友人のリンク(+α)を追加しました。

右のほうの下のほうです。

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Strengths and Limitations

Suna今日は、ラリベラの司法局で土地利用の契約を締結してきました。ラリベラの空港そばのシュムシャハという村にある、1/4ヘクタールほどの農園用地です。

先々週からの約半月は新規プロジェクトのサイトセレクションに奔走しています。

先週までは、福島県の灌漑専門家本田氏ご夫妻、FFF代表の新妻とともに、ラリベラ市、ラスタ郡の植林候補地を探して回ってきました。今回のプロジェクトでは、まず土地の確保が最大の焦点だと思っていましたが、予想通り、そう簡単にはいきません。

最終目標である150万本の木を植えるためには、ラリベラでは約600ヘクタールの土地が必要になります。1ヘクタールが10000㎡なので、約6K㎡。つまり江ノ島、16島分です。

しかし、水へのアクセスが可能な場所で、農業や、放牧に使われていない、肥沃で広大な土地。
など、そうあるものではありません。

今回植林用に確保が出そうな場所は7箇所。
ラスタ郡にブルバラ、アビセグ、カンカニ。
ラリベラ市にツェディ、チンチャ、メダゲ、アシェテン。

農園用地は4箇所。
シュムシャハ、アビセグ、カンカニ、サルズナ。

このうちで、水の確保が容易なのはほんの数箇所、そしてすべての場所は砂と岩が混ざったような貧弱な土質です。
どこも非常に厳しい場所ですが、目標達成のためにはある程度無理を覚悟でやるしかないようです。

予算的には今までの4倍で、規模的には10倍以上。
3年間で5000万円のプロジェクトとはいえ、今まで以上に、厳しい予算管理、効率的なシステム作りが必須になります。

そんなわけで、今は、学校建設事業の最終報告と会計監査の予定を頭の片隅に置きつつ、新規プロジェクトの実施戦略、カウンターパートとの調整、事業終了の引渡し計画、駐在員交代時のシュミレーション、各植林、苗木生産サイトの開発計画、2年目以降の拡張計画、苗木や堆肥の運搬経路、解雇、雇用、給与、研修などの人事戦略、資機材の調達計画、現実に即した予算の再構築、などなど。などなど。何通りものケースをシュミレーションし、そのうちから最良の計画を立てられるよう、いろいろな角度から状況を分析し、決定をしています。なんだか寝ている間も、頭がフル回転しているような感じです。たぶん生まれて初めて、脳に沼のような疲労感を感じています。

*****

さて、実は、この2週間で携帯電話と、パスポートを無くしました。
もともとよく物を無くす人間なのですが、これほど重要なものを、立て続けに無くすことは、さすが考えられません。どちらもちょっとした、不注意が原因ですが、その注意が払えなくなっているようです。仕事に集中するあまり、それ以外のことへの注意が自分でも驚くくらい散漫になっています。

フィジカル的にも、メンタル的にもまだまだやれるつもりではいるのですが、能力的に、今は、これが自分の限界だと自覚しました。

そして、十分なパフォーマンスができないのであれば、ここを限界と認めて、優先順位の低い仕事をスタッフに振るか、後回しにするべきのようです。同じような不注意で、もっと大きな、致命的なミスを犯す可能性もあります。

プロ意識を持って仕事をするためには、自分の限界を見極めることも、重要なんだと気づきました。

ただ、正直なところ、今の自分はこの程度か、と、とてもがっかりしています。

1年後には、この程度の仕事、と、言えるようになります。

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2009年11月11日 (水)

Positive Negativity

Pone ポジティブなこと、ネガティブなこと。
どちらも、ありのままに理解することが、大切だと思うわけです。

僕は、ポジティブなヒトが好きです。
でも、僕はネガティブな人間の類に入るのかもしれません。

何でもかんでも、ポジティブに捕らえれば、確かに、いろいろ楽だし、楽しいです。
でも、そのときに、ポジティブと言う蓋で、ネガティブな事柄を隠してしまうのが嫌なのです。クリアな視界を保つためには、ネガティブなことをしっかりと見なければならないと思うのです。

実際、いまのバーチャルエコノミーの歪は、盲目的なポジティブさの副産物のような気もしています。

ネガティブなところから拾える、ポジティビティ。

そんなスタンスで、日々呼吸をしております。

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2009年11月 7日 (土)

LIFE IN AFRIKA

Greenwall前の文章は、3年と少し前。27歳の最後の日に書いたものです。

あれから、色々な時間を経て、いま、僕はここにいます。 簡単な道ではありませんが、意味がある。 と、思える日々です。

こちらでの生活は、今日でちょうど2年。
任期の最後の1年となる来年は、いままでの10倍以上 の規模の植林を行います。

まだまだ、これから。

*****

ラリベラのカラフルな鳥たちの写真を追加しました。→マイフォト「鳥々」

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思い出す営み

Tov_junviはて、人の為とは?

2000年の夏、中国南西部の地方都市蘭州から、チベットへの入口ゴーアルムーに向かう深夜バスでの出来事。

そのバスは寝台バスと呼ばれる長距離夜行バスでした。とはいえ、寝台バスとは名ばかりで、リクライニングシートが倒れた状態になっているだけの粗末なローカルバスです。

出発時間ギリギリに乗り込んだボクの座席には、小さな子供二人を連れた老婆が座っていました。チケットの座席番号を見せると老婆達はゆっくり隣の席に移動しました。いや、移動したというより「隣の席に収まった」という方が正確な表現かも知れません。このバスは人数ごとで運賃を支払うのではなく、座席ごと課金をされるというシステムのようです。経済的に豊かではない老婆と子供たちは一席分の料金だけを支払い、与えられた座席に何とか押し込まれている状態だったのです。一人でも狭い座席なのに、小さな子供とはいえ3人もの人間が荷物をかかえて座るには、完全に無理がありました。

ボクはほんの少し躊躇をしたものの、彼等に自分の席の半分を譲りました。

その為、その夜は、夜通し悪路を走るバスの、ただでさえ狭い座席に、かなり無理な体勢で座ることになりました。眠ってしまうと自分の背中で子供を押しつぶしてしまうため一睡もすることはできません。それまでの旅で様々な厳しい状況になんとか適応してきたつもりでいましたが、その夜は正直かなり辛い状況でした。

さて、そんな状況での長い夜に、ボクは「はて、人の為とは?」という事をずっと考えていました。

別に期待をしていたわけではないのですが、ボクが彼等に席を譲り、その苦痛を共有した事で、なにかしら感謝をされるものと単純に思っていたふしがあります。しかし、その老婆からは最後まで感謝の言葉も、好意的なそぶりも受けることはありませんでした。また、周りの乗客からも、「キミは一席分のお金を払っているのになんでそんな事をするのか?」と聞かれたりもしました。

ただ、ボクは感謝をされたり、その行為を褒められたいが為に席を譲ったわけではありません。もし自分の両親なら、間違いなくそうするだろうと思ったからそうしたまでです。そして、実際に老婆たちが喜んだかどうかはわかりませんが、一つの結果として彼等は少しだけでも楽な夜を過ごす事ができたはずです。それで十分なんじゃないだろうかとおもいました。

つまりは、人の為ではなく自分の為に。
感謝や賞賛のためではなく実際に起きる現実のために。
その時点で正しいと思った事をすればいいんだと気づいたんです。
小さな出来事ですが、このことはボクにとっては非常に大きな経験でした。

その後、色々な場所で色々な人と出会い、世界の現状の一端を知る事で、ぼくの未来の使い方はおのずと決まっていった気がします。

自分が正しいと思う事のために生きよう。
自分のために、人のために生きよう。

そんなことが、ゆっくりと、確実に、ボクのゆるがない真実になっています。

ところで、最近思う事が一つあります。
ある人にとっては目前の小さな失敗が、世界の反対側で起きている悲惨な現実よりも、より残酷で厳しい状況のように感じることもあるということです。今、この瞬間にスーダンや、イラクや、イスラエルで起きている事よりも、自分の目の前に差し迫った悲しみが、それらを凌駕してしまうこともあるのではないでしょうか。つまり、それぞれの個人の世界の現実は、より自分に近い場所から始まってゆくということです。

そうした思いから、自分の理想を実現させるためには、常に自分の内面を充実させておかなくてはならないのだと、強く感じています。まずは自分が平和になり、それから世界平和を願い、その為にできることをする。

単純だけど、結構難しい事です。
今、ボクは長い準備期間を経て、いよいよ踏み出すときが近付いてきていると感じています。やるべき事をやるだけ。とにかく動こう。そう思います。

―― Determination 28

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2009年11月 6日 (金)

tools

Going日本から買ってきた、東芝のネットブックNB100。中古で27000円で買いましたが、めちゃめちゃ重宝しています。

出張のときには、いつもホテルがオフィス代わりなるので、PCの携帯は必須です。しかし事務所のラップトップはとにかく重いし、でかい。しかもバッテリーが完全に死んでいるので、電源がないところでは使えません。

だから、ノースフェイスのウエストバックにもばっちり収まるサイズと軽さで、駆動時間も長いネットブックは非常にありがたいです。これに、バッファローの外付け500GBをつければ、もう十分です。

おかげで、今までカリマーのキャリアーつきバックパック+ブリーフケースだった出張が、30Lのカリマー+ノースフェイスのトートのみで間に合うようになりました。身軽だし、ローカルバスにも乗りやすい。

テクノロジー万歳。

世界平和万歳。

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2009年11月 5日 (木)

炭素です。

Small_world僕は、10の30乗個の原子です。

鎌倉市民で、哺乳類で、地球の一部です。
国際NGOの職員で、東アジア人で、主に炭素の集合体です。

そんな中で、今は、東アジア人のアイデンティティが一番しっくり来ています。

去年、香港、韓国、日本、中国を短期間で回って、北京オリンピックにいってみて、東アジアがひとつの文化圏であることを強く感じました。中国、韓国、台湾、北朝鮮、日本。きっと、数年後には北朝鮮が東アジア諸国からのODAや開発援助の大きな対象国になるだろうし、北朝鮮のシステムが変われば、それも含めて東アジアが世界経済の中心になると思います。

で、次は、んなんとなく、やっぱり中国な感じがしてます。

経済的にも、政治的にも、環境的にも、鍵の国。

いいか、悪いかは別にして、今後は中国が西洋化するのではなく、世界が中国化するような気がしています。アフリカでの中国の勢いを、すごく感じています。もしかすると、中国の常識が世界の常識になる日もそう遠くはないのかもしれません。

初めてアフリカに行ったときと同じように、数年後、気づいてみると、僕はそこで何かをしているような予感があります。

もしかすると、次は中国かもな。

ニーハオ。

ワンタン。

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2009年11月 3日 (火)

契約完了、次は車

Taituh10月24日、政府との事業契約締結が無事完了しました。

学校建設と同時進行で取り組んできた循環型植林プロジェクトの準備。
今回はプロジェクト予算が3,500,000ブル(全体で5000万円)なので、ラリベラ、ラスタといった郡のレベルではなく、ノースウォロ県のレベルでの契約になります。郡レベルでの契約であれば、比較的融通が利くのですが、県レベルとなるといろいろと大変です。だた、先々週のゾーンミーティングのおかげで、今回の契約締結は、予想していたよりもすんなりと行きました。

そして、この契約が終わったことで、ほかの手続きもようやくはじめることが出来ます。

県、州政府の財務局からそれぞれ推薦状を発行してもらい、司法省でのNGOライセンス、労務省での労働許可書、入管管理局でのIDカードの更新。今回の出張では、ノースウォロ県の県庁所在地ウォルディア、アムハラ州の州都バハルダール、そして各省庁の集まるアディスアベバと3都市をまわる1週間の出張でした。出発前には未確定要素も多かったのですが、理想的なスケジュールでこなすことが出来ました。やるなぁ、おれ。

そんなわけで、ひとまず、一番厄介な仕事が、終わりました。
次は、車の購入と、免税手続き。それから、600haの植林地の確保と、苗木の生産拠点の整備、新規雇用とスタッフとの給与交渉。

まだまだ気は抜けないけど、まぁ、それでもこれで、ようやく一息つけるかな。
また次へ。

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2009年10月24日 (土)

タビナラバ

Miciまた、明日から出張です。
やたらと重たい契約書類を携えて。
どうも今回は、しんどい出張になりそうです。

ラリベラ、ウォルディア、ガシェナ、バハルダール、アディスアベバ。

今まで極力避けてきた陸路での長距離移動。
ヤムヲエズ。

まぁ、これが旅だったら、けっこう楽しいかも。
そんな気分で、もうひとふんばり、どすこい。

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2009年10月23日 (金)

日本では出来ないこと

Kami_3 ここにいると、日本ではまず出来ないような経験がいろいろ出来ます。

昨日までの3日間、ラリベラでは11の郡の政府機関やNGOが参加しての、大きなゾーンカンファレンスがありました。

会議自体はアムハラ語なので、参加しても内容が理解できないのですが、こういう機会に人脈を作っておくことは、のちのちの活動のために重要になってきます。とくに、今、FFFは新規プロジェクトの契約締結に向けて、色々と手回しをしておかなければならない時期です。

そんなわけで、昨日は、ある程度時間を無駄にすることを覚悟の上、このカンファレンスに参加をしてきました。休憩時間や、プレゼンの合間などに、こまごまと動き回っていたのですが、その際、ラリベラ市長から一つ提案がありました。

新規プロジェクトに関係する人々を夕食に招待してはどうか、と。

FFFには交際費や支援費などの予算がないので、また自腹を切ることになるのですが、今後のことを考えると、確かにこの機会に顔を売っておくのも大切なことです。そこで、新規プロジェクトに関わる何人かを、夕食に招待することにしました。

この日はファスティングの日なので、人々は肉を食べないし、ローカルのレストランであれば、数千円で何とかなるだろうという、ちょっとした計算もありました。

しかし、エチオピアの夜はそう甘くはありませんでした。
この夕食会に来た人は、なんと57人。
しかもみんなよく飲む。

そういえば、この日は3日間のカンファレンスの最終日でした。
うっかりしてました。

結局、ビールが150本、ソフトドリンク10本、食事代57人分。
これを、全部、奢ることになりました。

「パーティー全部奢り」

財布のほうは痛かったですが、まぁ、一つ、いい経験だったのかも。

こんなダイナミックな経験は、なかなかできないし。

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2009年10月21日 (水)

夜鷹の星

Waこちらに来て、今まで6頭のヤギを買いました。
そして、食べました。

肉食。

命を食べるという感覚が知りたくて、ヤギを解体しました。別に、肉を食べなくても生きていられるのに。

自分のプラスアルファの為に、6つの命の動きを止めました。

そこで得た感覚が、自分の中でなかなか形にならなかったのですが、ようやく、少しずつ言葉になり始めました。

僕が得た感覚とは、動くことと、止まることを隔てるの膜の薄さ。

人と、木と、動物と、石と、海と、月と、豆。
全部が同じということ。

だから、僕は食べる命に、必要以上に感謝をしません。

僕もサイクルの一部だから、あたりまえに、その一部として。
あたりまえに、食べ、そのうち死にます。

それで良いのだと思います。

Wa

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2009年10月20日 (火)

participatory apprach

Photo_22008年から試験的に導入したグリーンキャンペーン。今年はこれをさらにアップグレードしました。

これは、地域住民に苗木を無料で配布し、規定の高さまで育てたら小額の報奨金を支払うというものです。オーナーシップ意識を持たせた植林手法を導入することで、地域の自発的な植林、育林による長期的な成果も期待しています。

昨年度実施分では、配布苗木6,460本に対し、1,346ブルの支払いを行いました。1本に対し、1ブル(7円)の報奨金なので、そのまま1,346本が活着したことになります。予想を下回る結果となりましたが、雨季が遅れたことによる水不足と、定期的なフォローアップが難しく、参加者の意識が低 下したことが理由として考えられます。また、苗木の配布を住民の希望に沿って行い、その地域にあった樹種の提供をしてこなかったことも、課題としてあげられます。しかし、このようなパイロットプログラム、初年度にいい結果が出なくて、かえって良かったと思っています。

さて、本年度はそうした反省点を生かしつつ、さらに対象地域を増やし、ラリベラ市内の5つのカバレから、それぞれ20名ずつの参加者を募りました。現地政府の農業局と連携を強化し、各カバレに配置されている農業専門家に、参加者の管理業務を依頼しています。また、参加者の植林予定地域にあった苗木を配布し、植林方法の指導も同時に行いました。雨季の始まった7月には100名の参加者に対し5000本の苗木の配布を行い、定期的な農業専門家のフォローアップに加え、各地で講習会を開いています。2009年度グリーンキャンペーンは50%以上の活着率を目指します。

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2009年10月18日 (日)

よくばれ、どすこい

Kids_2数年ほど前。

僕は、「100人のアフリカの子供達の未来を明るいものにする」、ということを人生の目標に設定しました。

あの当時は、かなり難しいことに感じていましたが、ナクテラブの学校建設によって、思ったより早くに達成できました。

新しい校舎では、今まで学校に通えなかった400人の子供たちが、快適な環境で勉強をすることが出来きるようになりました。25年で10000人。

もちろん、本当の意味での「明るい未来」にはまだまだ手が届いていませんが、ひとまずは、目標達成としておきます。

欲張れば、意外と欲張れる。
次はもっと欲張りな、目標を立ててみよう。

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2009年10月17日 (土)

初等教育の質的改善事業です

School_c_310月14日を持って、「ラスタ県ナクテラプ地区における初等教育の質的改善事業」つまり、学校建設事業が完了しました。

先週、政府学校への書面での引渡しも、もめていた業者への支払いも無事終わり、今はすでに子供たちがこの校舎で勉強をしています。今後は、アディスアベバから監査人を招いての会計監査や、外務省、現地政府への事業最終報告などがあります。

さて、この建設事業を振り返ってみると、本当にきつい仕事だったとつくづく思います。我ながらよくこなせたものです。もう一度やれといわれても、もう無理だと思います。

普通、こうした建設事業は業者に資金だけ渡し、作業のすべてを任せてしまうのが一般的です。しかし、資材価格の高騰するエチオピア、予算管理と、資材管理のリスクを防ぐためにも、今回の事業では、資材調達から、現場管理までをFFFが一貫して行いました。

また、現在エチオピアで活動するNGOには、事業費支出のうち、人件費、事務所借料なのどの管理費を30%に抑えなければならないという規則があります。2008年度の管理費が50%近くになってしまっていたうえに、今年は事務所の借料を2年分前払いしているので、2007年~2009年の総支出でこの規則を守るためには、新規雇用を控えなければなりませんでした。そのため、僕自身も普段の事務所の管理業務に加えて、毎朝現場に出て状況を確認しての資材管理、毎週末は資材調達に走り回っていました。何か問題が起きるのが当たり前の日常でした。

現在ラリベラの他のNGOが行っている校舎建設は、事業開始からすでに1年半が経過していますが、まだ壁作りの段階です。しかも聞いた話では、現段階ですでに1,000,000ブル(1千万円)の赤字だそうです。物価上昇の激しい、今のエチオピアでは建設事業はかなり厳しいものです。それを期日内に、予算内で質の高い建物を作れたことは、自分自身の自信につながっています。

そして。
こういう仕事をこなして、大したことないです。って笑える大人になりたいです。

まだまだ、目指す場所は遠いな。

*****

この一年の建設事業の写真をフォトアルバムにアップしました。

「カッチンマスクの建設風景」

それから、もういっこのブログのほうには、2月からの作業について、説明を書いています。

http://lalibela.blog34.fc2.com/

よろしくお願いします。

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2009年10月16日 (金)

not a big deal though

Night忙しいのとは、ちょっと違う。
余裕のない日々です。

いつも仕事をする時には、事業ごとにリストを作って、終わった分から消していっています。最近は、このリストがなかなか消えず、増えていくばかり。手帳のページが消せない項目で埋まってきました。

一つ一つをとってみれば、まぁ、こなせないこともない仕事です。
それが、今のこの時期に全部集中してしまっています。

まぁ、今が山場。

来年になれば、日本から持ってきたDVDをゆっくりみたり、ジャグリングの練習をしたり、村をのんびり散歩したり。
出来るようになると思います。

けど、今が山場。

今まで、何度そう思ったことやら。
仕事って、そういうものなのかもなぁ。

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2009年10月15日 (木)

ゴミカラマンゴー

Mango_5マンゴーが生えてきました。

今月から、いよいよ新規事業が開始します。JICAのNGO草の根技術協力事業という資金供与プログラムで実施される、大規模な植林事業。三年間の事業期間内に150万本の植林をするという壮大な計画になります。

150万本といっても、なかなかイメージしづらいかもしれませんが、フー太郎の森基金の日本事務局のある相馬市の人口が約4万人ですので、相馬市民が一人あたり38本の木を植えた場合とほぼ同じ数になります。正直、とんでもない数字です。しかも現地で植林ができるのは、一年のうちに雨季開始後の約1月ほどだけです。来年の7月 が勝負の時となりそうです。

さて、この事業のテーマは、ずばり、「地域参加型循環型農林業」
この「循環型」で鍵となるのが、ごみから作る堆肥です。ただ単にお金を投入して木を植えるのではなく、年々、衛生環境が悪化しているラリベラのゴミを住民たちの手で堆肥化し、植林に使おう計画です。

ゴミの堆肥化について、それが本当に実用できるのか、事務所の庭に穴を掘り、個人的に堆肥作りをしていました。1m立方くらいの穴に家庭から出た生ゴミを捨て、乾燥を防ぐ為に麻の袋を上にかぶせました。そして、水やりを週に一度、月に一度かき回す作業をしています。

すると、僕が日本に帰っている一ヶ月の間に、この堆肥からマンゴーの木が生えてきていました。ゴミに混ざっていたマンゴーの種が芽を出したようです。マンゴーのようなフルーツの木は2500mの高地では、ほとんど育ってくれない木です。それが元気に育っているということは、ちょっとうれしい驚きです。ゴミの堆肥化がうまくいっているようです。

とはいえ、これを家庭レベルではなく、コミュニティーレベルでやるとなると、ゴミの種類も違うし、分別自体が簡単ではありません。少しでも電池や、薬品などの異物が入ると、かえって土を痛めてしまいます。正直なところ、技術的にも、住民の意識的にも、相当に難しいと思っていましたが、庭に生えたこのマンゴーに、ちょっと勇気付けられました。

事業の初年度にはいろいろあるかとは思いますが、できるだけ前向きに取り組んでこうと思っています。

で、このマンゴーの木も、しっかり育てて行きます。

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2009年10月13日 (火)

ichigoichie

R0011976_2風を心地よいと感じるためには、風を心地よいと感じれる状態に、ココロを置いておかなければいけないんだなぁ。

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2009年10月 9日 (金)

今日は雨が少し降りました

Eventsたまには、ブログに、「出来事」を書かなきゃなぁ、と思うわけです。

こっちの生活、何かを感じてから文章を書けるまでに、いろいろとタイムラグがあるので、たいていは日付の関係ないことばかりを書いてます。でも、たまにはちゃんとリアルタイムのことを書かなければ面白くないような気がするわけです。それに、なぜか、今までイベントについては、あまりブログ記事を書いていないので。

そんなわけで、最近の出来事のはなしでも。

まぁ、早速リアルタイムの話ではないのですが、先週末アディスアベバでは、JAPAN Festivalという、お祭りがありました。
青年海外協力隊の隊員さんたち(JOCV)が中心となって、「エチオピアに日本の文化を紹介する」というコンセプトで開催されたイベントで、なんとなく大学の学園祭のような雰囲気でした。日本の宗教や遊びの紹介、浴衣や茶道の体験、空手の型の披露などなど、皆さん、色々な形でブース発表や、ステージ発表をしていました。僕もエチオピアで活動するNGOとして、写真展示という状態で参加をさせてもらいました。手作りのイベント。なぜだか懐かしい気分になりました。当日は各国大使などのVIPも来場し、大盛況のイベントだったようです。僕自身は仕事の都合で、午前中だけしかその場に居ることができなかったのですが、来年はもっとちゃんとした感じで関れたら面白いかも、と思いました。

で、出来事その2。
その前の週末は、ワールドツーリズムデイ(世界観光の日)という日だったらしく、エチオピアでも随一の観光地ラリベラでは、村中の車が集まってパレードをしました。まぁ、パレードといっても14台の車がクラクションを鳴らしながら、ゆっくり山道を走るだけなのです。僕もラリベラ在住の外国人として、このパレードに参加したのですが、一歩間違えばタチの悪い暴走族だなぁ。としきりに考えていました。それでも、沿道に集まった人々は、クラクションに合わせて、手拍子をしたり踊ったり、やたらと楽しそうにしていました。
ひとしきり車で村を回った後には、流れ解散。とくにセレモニー的なこともなく、なんとなく不思議な感じでした。

出来事その3。
パレードの次の日は、マスカルというお祭りで、インジェラをたくさん食べました。
楽しかったです。

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2009年10月 2日 (金)

気のせい

Sakasa日本に帰っていたときに思ったこと。

「この2年のエチオピア生活 、その都度、自分の限界までやってきたつもりだったけど、振り返ってみると、まだもっとできたかもなぁ。まだやれる余地があるかも」

でも、それは気のせいでした。
やっぱり、こっちの日々は限界ぎりぎりです。

完全に気のせいでした。

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2009年10月 1日 (木)

七万人の侍

Moya 「七人の侍」に出てくる白い飯は本当においしそうに見えます。
観るたびに、決まって白いお米のおにぎりが食べたくなります。

今の飽食の時代には想像もできませんが、この映画の時代の人々にとって、白いお米はすごく貴重なものでした。そんな貴重なお米を、一粒一粒、大切に食べているから、あんなにおいしそうに見えるようです。

さて、「七人の侍」は、個性豊かな7人の侍たちが、凶暴な野武士から貧しい百姓を守るというお話です。この映画の中で、百姓を守るという、大変な仕事を引き受けてしまった侍たちの報酬は、なんと白い飯でした。はじめてこの映画を観たときには、お米のために、命をかけるのかぁ。と。そんなことがやけに印象に残りました。

しかし、僕も年を重ねて改めてこの映画を観てみると、それが違うかも、ということにようやく気づきはじめました。彼らが守ろうとしたものは、もっと別のものなんじゃないかなぁ、と。

この作品の中で、忘れられない台詞がひとつあります。

自分たちが守るべき百姓たちが、落ち武者狩りをしていたという事実を知り、黙り込む侍たちに、菊千代(三船敏郎)が言った台詞です。

「やい、お前達、一体百 姓をなんだと思ってたんだ?
仏様とでも思ってたか ああ?
笑わしちゃいけねえや。百姓ぐらい悪ずれした生き物はねんだぜ。
米出せって言や、無え。麦出せって言や、無え。何もかも無えって言うんだ。
ふん、ところがあるんだ。何だってあるんだ。
床板ひっぺがして掘ってみな。そこに無かったら納屋の隅だ。
出てくる、出てくる、瓶に入った米、塩、豆、酒。
山と山の間へ行ってみろ。そこには隠し田だあ。
正直面して、ペコペコ頭下げて嘘をつく。なんでもごまかす。
どっかに戦でもありゃ、すぐ竹槍作って落武者狩りだい。
よく聞きな。百姓ってのはな、けちんぼで、ずるくて、泣き虫で、意地悪で、間抜けで、人殺しだあ。
ちくしょう。おかしくって涙が出らあ。
だがな、こんなケダモノ作りやがったのは一体誰だ?
おめえ達だよ。侍だってんだよ。
ばかやろう。ちくしょう。
戦のためには村あ焼く、田畑踏ん潰す、食い物は取り上げる、人夫にはこき使う、女あさる、手向や殺す。
一体百姓はどうすりゃいいんだ。百姓はどうすりゃいいんだよ。くそー。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、、」

これって、いまの世界にもばっちり当てはまると思いませんか。
少なくとも、僕が今居る場所、開発援助の現場では、同じようなジレンマを感じることが良くあります。

七人の侍の舞台は、1586年、戦国時代の末期だそうです。下克上の時代が終わり、ひとびとの価値観が大きく変わりつつある世の中。
侍たちは単に報酬のために命を懸けたのではなく、自分の生きる場所を模索し、自分自身のアイデンティティを守ろうとしていたんじゃないかなぁ。とか思いました。

そして、同じように今の日本も人々の価値観が大きく変わろうとしている時期にあるようです。

侍のDNAを持つ僕たち日本人が、色々と割に合わなくても、自分が正しいと信じることのために、生きることができたらなぁ。とか。
そんな侍的な人々が、7万人くらいいたら、日本はすごいおもしろいことになるなぁ。とか。

そんなことを、ちょっこりと思ってます。

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2009年9月25日 (金)

お米でした。

Run久々に日本に帰って、お米のおいしさを改めて実感しました。

そして、偶然にも究極ともいえる、おいしいお米の頂き方を発見しました。

それは、まずいお米的なものをずっと食べ続け、それからおいしいお米を頂くこと。ずっとお米を食べないのではなく、まずいお米的なものを食べ続けることがポイントです。お米で感動したい人は、ぜひ試してみてください。

まあ、そんな役立つお米情報ですが、僕はおいしいお米を頂くとき、黒澤明の「七人の侍」を思い出します。そんなわけで、七人の侍について、次の記事で。

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2009年9月24日 (木)

さて、次へ。

Classroom_39月21日。
ナクテラブ地区のカッチンマスク小学校の完工式が無事完了しました。

日本大使館からは駒野大使と舛田書記官、政府からはラリベラのムルゲータ市長をはじめ、たくさんの関係者、村人、子供たちに参加してもらいました。当日は、ナクテラブの村で大きなお葬式があったため、タイムスケジュールに若干の混乱もありましたが、とても良い完工式でした。

子供たちは歌とダンスを、ナクテラブ教会の修道士たちは神聖な賛美歌を。昼食は村人たちが総出で手伝いをしてくれました。(完成した校舎の写真は、フォトアルバムにアップしました。)

前日は完成した建物の中で一人、葉加瀬太郎の「情熱大陸」を聞きながら、こっそり感慨にふけっていましたが、ようやく完工式も終わり、ひと段落です。

さて、次へ。

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2009年9月23日 (水)

穂波

Green_3 16日に鎌倉を旅立ち、20日の夕方にようやくラリベラに戻ってきました。

今回はアディスバベバからラリベラへの国内線の航空券が取れなかったため、陸路でのラリベラ入りです。600KMの道のりを2日かけて移動しました。飛行機を使えばあっという間の距離ですが、こうして陸路で移動をしていると、ラリベラが陸の孤島と呼ばれている理由を改めて実感します。

なかなかハードな道のりでしたが、移動の道すがら、窓の外に広がる景色は本当にきれいでした。雨期明けのエチオピアは、乾季の憂さを晴らすかのように、見渡す限り緑の草と黄色い花が生茂ります。

緑があるのとないのでは。モイスチャーがあるのとないのでは。景色も人も、自分の気分も、ここまで変わるんだなぁ。
そんなことを思いました。

あと数週間もすれば、こうした草花は徐々に枯れ、また厳しい季節がやってきます。雨季の最後の輝き。それを肌で感じることができてよかったです。

さて、僕が日本の景色で特に好きなのは、風に揺れる稲田です。昔京都の外れで見たそんな田園風景は未だに心の隅でゆれています。そして、ラリベラに戻ってきてすぐ、そんな風景をこちらでも見ることができました。

よく育ったテフの穂が風になびき、ゆるやかに波打つ陸の海。
柔らかな日差し、柔らかな空気。小鳥たちは空に向かって飛び立ちます。

これから数ヶ月間の仕事に追われる日々を想い、こわばり気味だった自分の気分が、ふっと軽くなるのがわかりました。

一ヶ月ぶりのラリベラはこんな素敵なやり方で、僕の帰郷を歓迎してくれました。

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2009年8月16日 (日)

埋まりたい場所

120自分にとってのいい場所とは、埋まりたい場所。

こないだ読んだ本に、そんなことが書いてありました。

なるほど。

世界中にいい場所は沢山あるけど、自分の命の終わりに埋まりたい場所、埋めてもらいたい場所となると、一気にハードルが上がります。

ノースショアの海辺。
ケープタウンのライオンズヘッド。
ジェフリーズベイのチューブの見える丘。
アンコール寺院のはずれの廃墟。
ゴシャールのりんごの木の下。
ギャンツェの岩の陰。
バンクーバー島の無人島
日之影町の森の中。
ガンジス川のほとり。
ザンジバールの沖の浅瀬。
覚園寺の尾根の墓地。
稲村ガ崎、由比ガ浜、材木座、七里ガ浜。。。

今まで訪れた、いい場所を色々と思い浮かべたけれど、埋まりたい場所となると、どれもいまいちしっくりきません。

しかし、昨日、日本に帰国して実家に帰ると、まるでシンプルな数式が解けたときのような、すっきりした答えが見つかりました。

「花咲地蔵のわきにある大きな木の下。」

いまのところ、これ以上に僕にとってのいい場所はなさそうです。

花咲地蔵は、僕の実家の目の前にあり、昔も、今も、変わらずにそこにいます。僕が子供の頃から、ずっと、静かにそこに居続けています。

変わるものと変わらないもの。

やっぱり、僕も含め、多くの人は、自分の育った故郷が埋まりたい場所なのかな。
みなさまはどうでしょう?

埋まりたい場所

*****

さて、僕は今日からエチオピアでの活動報告のために、東北各地を回ります。9月1日からは2週間程の休暇になりますので、そのときに皆様とお会いできればと思っております。

今年は携帯をもっているので、是非ぜひ連絡をください!
080 3010 1533
eddie-would-go@softobank.ne.jp

よろしくお願いします!

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2009年7月26日 (日)

お知らせ

Photo_4今年は8月13日から一時帰国をすることになりました。8月17日~8月30日までは講演会で、東北各地を廻る予定です。

以下、東北地区限定で開催されるキャンペーンの情報です。現在、各会場の決定している情報をお知らせします。

8月17日(月) 13:30~15:30  
福島県相馬市   相馬海浜自然の家

8月18日(火) 14:00~16:00  
福島県大玉村   フォレストパークあだたら

8月19日(水) 交渉中        

8月20日(木) 18:00~20:30  
秋田県大仙市   のびのびらんど

8月21日(金) 交渉中

8月22日(土) 18:30~21:00  
岩手県一関市   ギャラリー青空

8月23日(日) 18:30~20:30  
山形県遊佐町   高瀬公民館

8月24日(月) 交渉中

8月25日(火) 18:30~20:30  
福島県喜多方市  喜多方プラザ

8月26日(水) 19:00~21:00  
福島県南相馬市  相馬ポニー牧場

8月27日(木) 19:00~21:00  
福島県大熊町   大熊町商工会議所

8月28日(金) 検討中       
福島県三島町   会場未定

8月29日(土) 13:00~15:00  
宮城県仙台市   仙台市青年文化センター

8月30日(日) 14:00~16:00  
宮城県塩釜市   ふれあいエスプ塩釜

東北巡業が終わった後、9月1日~9月13日までは、待ちに待った休暇になります。久しぶりの先進国、ニッポン。また皆さんとお会いできる事を楽しみにしています!

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フンザの林檎

Hunzaボクが今までに頂いた食べ物の中で一番きれいだったもの。 それはフンザの林檎です。

パキスタン北部の風の谷、フンザを旅してた頃の事。 

その日、ボクは中国国境に程近いフサニ村の周辺をぽくりぽくり歩いていました。 日差しの強い昼下がり。 現地の子供達は学校を終えて、それぞれの村に帰ってゆく時間です。 そんな子供達と戯れながらあるいていると、そのうちのひとりがボクを家に招いてくれました。

彼のお家はフンザ作りの石の家。 その中庭は平和な光と心地良さに満ちており、手作りの椅子に腰掛けて、温かいお茶とフンザブレットをご馳走になりました。 そしてさらにお土産に、庭の樹からそのままもいだ抱えきれないほどのフンザの林檎をもらったのです。

あとでバックパックから取り出して、シャツの裾でみがいてみると、それらは信じられないくらいきれいな赤で、宝石なんか目じゃないくらいで。 色といい、つやといい、形といい、それはまさにフンザの豊かな自然の結晶でした。

そしてあんまりきれいな林檎だったので、最初はいくらか食べるのをためらいました。

でもこの日は僕の21回目の誕生日。

フンザのやさしさをいっぱい吸い上げて育ったこのきれいなくだもの。 こいつを、今日、自分の体内に取り込むことになんかの意味があるような気がしたので、一番きれいなひとつを選んで、ありがたくシャリシャリと頂きました。

この林檎を食べて、ぼくはフンザの優しさをいくらか分けてもらった気がします。

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2009年7月16日 (木)

Power shortage

Flowerながらく、2日に1日以上の停電が続いています。
 
5月までの計画停電は夜の10時には電気が戻ってきたので、それから自分の仕事をすることができました。しかし、先月からは、夜中の2時過ぎに電気が戻ってくるようになったので、停電の日には何もすることができません。
 
実際、これは厄介な状況です。
 
停電の日は19時就寝、3時に起床。電気がある日は2時就寝、8時起床。睡眠時間は十分にとっているとはいえ、この生活リズムはけっこうしんどいです。
 
さすがに、近頃、体調がおかしくなり始めました。
今後のスケジュールを考えると、ここで寝込むわけには行きません。
 
そんなわけで、ちょっと、ペースダウン。
今日はもう何もせず、パパイヤとマンゴーを食べて、寝ることにします。
 
電力不足と一緒に、仕事量も減ってくれると、いいのになぁ。

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2009年7月14日 (火)

Colors of rain

Color_of_rain雨が降っています。

雨の日の草や木はとても力強い色をしています。

ラリベラもようやく雨季に入り、植樹の時期も近づいてきました。今年は、合計で約37,500本の苗木を植える予定です。

1本。1本。

大切に植え、育てて生きたいと思います。

50年後のラリベラを想いつつ。

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