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2011年3月

2011年3月28日 (月)

浜通りへ

20110326_141745鎌倉の皆さんから頂いた物資を持って、福島県の相馬市、南相馬市に行ってきました。「We are the Earth」をテーマに環境活動に取り組んできた兄(岡野龍介)の呼び掛けで集まった支援物資は、軽トラック一台分程の食料品、日用品。この先しばらくの必要量に比べたらまだまだ少ないかもしれませんが、多くの方々の思いの詰まった大切な物資でした。

相馬市はフー太郎の森基金の事務局があるので、僕も兄の行動に便乗する形で現地入りをしました。東北道から国道を抜けて相馬市に入ると、駅前は思っていたほど被害が少ないように見えました。しかし、海沿いに出ると景色が一変します。メディアで繰り返し報道されているような、瓦礫の山や、陸に乗り上げた船、スクラップになった車や、水の中に浮かぶ家。現実離れした日本の風景がそこにはありました。

20110326_110519幸い事務局のある新妻代表の自宅は大きな被害も無く、ライフラインもほぼ復旧していたので、まずは代表に連絡をとり、物資の受け入れ先を紹介してもらうことに。今回は代表の伝手で、物資を南相馬の集配所に受け取って頂き、相馬市で出荷が出来なくなってしまったイチゴを摘んで、南相馬市に運んでいきました。

南相馬市の桜井市長と新妻代表は古くからの友人なので、僕ら兄弟も市長にお会いし、直接お話しを伺う機会がありました。打ち解けた雰囲気の中で穏やかに、厳しく話しをする市長の言葉は、一つ一つが強く頭の芯に響きます。とても貴重な時間を過ごさせていただきました。

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20110326_135659現在、南相馬市では、原子力発電所の事故の影響で、その半分が退避指示地区、残りの半分が退避要請地区となっています。被災された多くの方は、自分の家のあった場所に戻ることはもちろん、遺品や遺体の捜索も出来ない状態です。相馬市も同じですが、当然水道水を飲むことは出来ません。自由に外に出ることも出来ません。物資も不足しています。地震と津波で大きなダメージを受けたまま、放射能という大きな恐怖を抱えたまま、復興に向けた一歩すらも踏み出せない状態にあります。

皆さんご存知のように福島第一、第二原子力発電所は東京電力の施設です。関東向けの電力を供給するために、福島県に建てられています。今、関東の人々が使う発電所の事故で壊滅的な被害を被っているのが、東北地方、とくに福島県の皆さんです。ある福島県民の友人は「原発事故は許せないけど、原発のおかげで潤っていた部分もあるから、、」と話していました。けど、今のこの状況を見れば、雇用や税金での利点なんて微々たるものです。日本人として、実にやりきれない現実。

20110326_112655放射能は確かに怖い。でも、今もその放射能の発生源の近くで暮らしている人たちが沢山います。たとえ危険でも自分の土地に留まることを決めている方もいます。行く場所が無くて戻ってこられた方もいます。そして何よりも、その原発の施設内で必死に戦い続けている人たちがいます。

今後、兄は相馬市、南相馬市、いわき市を中心に復興活動に取り組んで行くそうです。僕も出来る限り、日本人としてあたりまえのことをやっていきます。

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東北道が通行可能になったこともあり、往復の道中、沢山の物資を積んだ車を見かけました。この事態にこれだけの人が動いている。心強いです。僕らは必ず乗り越えられる。その光を見た気がします。


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トモカ・コーヒー/250g

P3281375フー太郎の森基金では、少しづつですが業務を再開しています。そこで、皆さんに一つお願いがあります。ベガルタ仙台との共同企画である、「エチオピアサッカー教室」をこれからも続けるために、力を貸して欲しいのです。

昨年、フー太郎の森基金はJリーグのベガルタ仙台との共同企画で、アフリカのエチオピアでサッカー教室などのスポーツイベントを開催しました。このイベントにかかる費用は、主に東北地方の皆さんからの支援金とベガルタ仙台の試合会場でエチオピアコーヒーを販売した収益で賄っていました。

第一回目の今年は大成功で、アフリカの子供達はもちろん、東北の皆さんにもたくさんの大きな笑顔を届けることが出来ました。

このイベントは、来年も開催する事が決定していました。そして、こんな状況だからこそ、このイベントを絶やすことなく継続してやっていきたいと思っています。また再びエチオピアから東北へ、サッカーを通じた笑顔の輪を広げてゆきたいのです。

開催は2012年1月の予定ですので、時期早々と思われるかもしれませんが、在庫のコーヒー豆はこれから春にかけて、品質も落ちてきてしまいます。ベガルタ仙台のホームスタジアムのユアテックスタジアムでもご好評を頂いたエチオピアの美味しいコーヒーを、美味しいうちに、皆さまに飲んでいただければ、と思っております。

まずは色々な団体が募集している東北関東大震災の義援金をお願いします。それが今、最も必要な支援です。そして、もしその後に少しでも余裕のある方は、是非ご協力をお願いします。

P3281374コーヒーはエチオピアでも一番の老舗である
「トモカコーヒー」の焙煎豆です。

250g(豆・粉) 各1500円
(※このうち1000円がエチオピアサッカー教室開催への寄付金となります)

在庫に限りもありますので、ご興味のある方は、まず下記メールアドレスにご連絡ください。

okanoteppei_fff@yahoo.co.jp (岡野 鉄平)

宜しくお願いいたします。


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2011年3月25日 (金)

道の先に

R00138333月11日。アブダビの空港は、とても綺麗で硬質な光に包まれておりました。自分がどこの国にいるのかも分からない空間でした。最近では、どこの国のどこの空港に行っても、空港の内側は同じ雰囲気、同じ匂い。こういう空間が、現時点で最も機能的で、効率的な空港とされている姿なのかもしれません。

さて、あの日、アブダビ空港のロビーで見た津波の映像は、この先、決して忘れることはないと思います。搭乗ゲートの近くにあった液晶モニタの中では、日本の海が、日本の大地をすごいスピードで飲み込んでいく、まるで現実感を欠いた映像が延々と流れていました。ちょうど礼拝の時間だったのか、空港内に響くアザーン(イスラム教の礼拝の呼掛)の放送が、さらに僕から現実感を奪っていきます。

2週間たった今でも、まるで時の流れが狂ってしまったかのような、奇妙な感覚の中にいます。長らく外国にいて、久々に帰ってきたその日に、日本の日常は変っていました。

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さて、この状況の中で、今の僕ができることは何か。ずっと考えています。この先どうなるのかは誰にも分からないけど、現時点の僕ができることは、信じること、受け入れること、そして備えること、なのかと思っています。

帰国してからしばらくは、何の身動きも取れずに、ネットやテレビで情報収集をしながら、原子力発電所の仕組みを調べたり、今後の日本の経済を考えたり、起こりうる社会問題なんかに思考を走らせたりしていました。その中で、印象として、メディアを先頭に日本全体が静かなパニックに陥っているように感じました。良くも悪くも「情報の力」を実感しています。

なので、僕は公式な発表を全て信じることに決めています。今この状況で情報を疑い始めたらきりがありません。正しい情報すらも疑うことになり、それが不信感に繋がり、見えない物、分からない物に対する怖れに変っていくように思います。もちろん、ただ単純に信じるのではなく、できる限りの情報を集めつつ、騙されることも覚悟の上で、日本のリーダー達を信じることが大切だと思うのです。

メール、ツイッター、ブログ、ユーストリーム。今は情報のソースが以前とは比べ物にならないぐらい豊富です。自分で情報の取捨選択ができるからこそ、情報が偏る可能性も決して少なくありません。だから、僕は自分の中の行動の基として、責任を持って国を信じて、場合によっては、責任を持って国に騙される。最悪の事態を想定しながらも、自分自身が地に足をつけて歩くために、そういうスタンスで行こうと思っています。

今、いち早く被災地に入り、支援を始めている友人がいます。原発事故の関係で県外、国外に退避している友人がいます。今も被災地で暮らす知り合いがいます。日常を大切に今までどおり生活をする人もいれば、これを金儲けのチャンスとして捕らえている人も、残念ながら、いるようです。そのなかで、今、自分は何をするのか。

世界は常に変化を続けているわけだけど、日本は3月11日を境に大きく変わりました。以前の日常はもう戻ってこないわけで。それならば、今のこの状況を受け入れ、過去を参考に、現状に適した価値観を再構築していく必要があるのではないかと、考えています。そして、被災地の方々の何かの助けになりたいという思いは、当たり前のこととして、自分の心のど真ん中にあります。明日には、福島県相馬市にある僕が所属するNGOの日本事務局に行く予定でいます。

でも、きっと今、32歳の僕がやるべきことは、1年後、5年後、10年後を考えながら、日本という国を再び世界中の誰からも羨まれるような、気持ちの良い国に戻していくための力になることではないかと。未来の子供たちに大きな負担を負わせないように、精一杯仕事をすることではないかと。思っています。

そのためには、今まで以上に自分の意識と能力を高め、その時に向かって備えること。つまり、今まで以上に毎日を丁寧に生きることだと、信じています。

*****

経済効率を優先させてきた世界の行き着く先が今の日本であれば、これはニンゲンにとって大きな転換期だと思います。これから伸びていく国は、決して同じところを目指してはならない。文明の進歩の形は、各地の空港のように、必ずしも同じ姿になる必要はありません。日本はもちろん、これから延びていく国々は、今の先進国の姿をそのまま追うのではなく、よりバランスの取れた、別の方向に向かって発展を遂げていってもらいたいと、思います。

学ぶことができれば、それは必ずしも失敗ではないはずです。大きな犠牲をともなう、大きな歴史の転換期に、僕達は今、生きている。

そう思っています。


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2011年3月 7日 (月)

バイア・アブダビ

Unknown_2エジプト航空のカイロ・成田便が欠航となっている関係で、今回の帰国はアブダビ経由となりました。

木曜日の早朝にエチオピアを離れ、土曜日の昼に日本に着くという、結構な長旅。アブダビは空港での乗り継ぎだけですが、それでも、何となくワクワクします。いまだに、アブダビがどこにあるのかも分かっていないし、今回使うのエティハド航空という航空会社も今まで聞いたことがありません。

今まで知らなかったことを、これから知ることになるワクワク感。新しくなったエジプトのカイロにも一泊していきます。


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2011年3月 6日 (日)

40m(29-32)

Futureいよいよ。今度こそ。
任期満了。帰国の日が近づいてまいりました。

どんな状況だろうと、呼吸をしている限りは、時間は必ず過ぎていくようです。2007年11月7日に初めてエチオピアに足を踏み入れてから、今日でちょうど40ヶ月。本当にいろいろなことがありました。

経済的には、世界で最も貧しいとされる国。人間らしい自然の暮らしをする人々や、人間らしい欲望を持った人々が暮らすアフリカの大地。未来への大きな希望と、どうにもならない困難とが交錯するエチオピア。

人生のほんの一時期でも、この場所で、こういう仕事が出来たことを誇りに思っています。

*****

力有り、真っ直ぐ、正しく、言葉優しく、柔和で、思い上がりのないもので、あるように。足ることを知り、質素で、雑務少なく、簡素に暮らし、清らかで、聡明で、高ぶらず、貪らず。

この先どんな仕事をするにしても、ヒトとして目指していきたいお釈迦様の教え。

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2011年3月 5日 (土)

take a shot

Kenikenit本心から何かを望んだり、何かになりたいと願ったとき。既に体は動いているのだと思います。

もしも、自分のビジョンに、まだアクションが伴っていないのであれば、それはまだ何かが足りないということなのかもしれない。

動く前の迷いと、動き始めてからの迷いは、ずいぶんと質が違うわけで。とりあえず、僕は、これからも色んなことに迷う予定だけど、とにかく、動きながら迷いたいと、思うんです。


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2011年3月 4日 (金)

食べられないから

Life_2牛を食べたり、鳥を食べたり、野菜を食べたりして、僕らは体を動かすことが出来ています。だから、その分のエネルギーは正しく使いたい。

長い間、動物達や植物達と近い生活をしていたので、その意識は日本にいるときよりも、ずっと強くなっているように思います。

こちらの生活の中で、「牛と草は同じなんだ」と知るようになりました。牛も草も、地球の一部として、自ら養分を補給し、育ち、食べられる。食べられなかったとしても、枯れ、朽ちて、また土になり、養分になる。これは豆も、蛙も、人間も、同じだと思うのです。

その過程の中で、人間は、たまにしか、他の生き物に食べられることが無いから、他の生き物に食べられないぶんだけ、長く動くことができるわけで。だから他の生き物の養分にならない分、人間として動ける間に、別の方法で他の生き物のために貢献できたらいいなぁ。と。

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2011年3月 3日 (木)

a conductor

Boomプロジェクトや事務所を運営していく上で、何よりも大切なのは「どう人を使うか」なんだと思います。どんな組織でも、その組織を動かしているのは人だから。

まずは、優秀な人材を確保すること。そして、その人材の能力を最大限に活かすこと。ビジョンの共有や、動機付け、最適な配置。個人と個人の人間関係も含めて、それぞれのピースをうまく組み合わせて、活用すること。それが、事務所のボスの最優先の仕事なのかもしれません。

ラリベラでの事務所の運営は、日々、試行錯誤の連続でしたが、プロジェクトの成果という面でも、自分自身の「修行」という面でも、現時点の自分が納得できる程度には、結果を残せたかとかなぁ、思っています。

まだまだ青二才の自分が、この環境でマネジメントの仕事に取り組めたのは、実に幸運なことでした。


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